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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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10月16日(水)

僕の自転車

想えば、21歳の頃からオートバイに乗っています。

それは、便利だから とか 楽だから ではなくて、むしろ 不便だから 大変だから 乗っているといったほうが適切かもしれません。 ちなみに、用事がある時は必ず歩いています。 この方が確実なので。

アメリカのある(著名な)映画俳優が、こんなことをいっていました。
「今でも好きでオートバイに乗っている。 それは、何にも守られていない危険な状態にあることを意味している。 しかし、そこに真の自由があるのではないか」 と。

きっと、彼がいいたかったのは、 オートバイはスピードが出るから危険なのだ ということではなく、 オートバイは自動車と違って、常に人がバランスを保ってあげなければ成り立たない乗り物であり、その行動のすべてはモノを扱う人の責任にあるからではないのかな、と理解しています。

エンジンを載せたオートバイに限らず、自転車という、より身近な乗り物も、同様に 人がバランスをとって走らせることではじめて成り立つモノ なのですから、やはり、似たような感慨を抱いてしまいます。

ついこの間も近所の道で、ちょうど自転車の補助輪を外したばかりの、はじめて自分で運転する男の子を、それこそお姉さんとお父さんが付きっきりで練習していましたし、その先の公園でも女の子とお父さんとの同じような光景に出会いました。

僕もそうでした。
はじめて自転車に乗れるようになった時のことを。 家の前の道を、父親に後ろを支えてもらいながら、だんだん自分一人でバランスとって走れるようになった時の嬉しさは、今でもはっきりと覚えています。

それから、はじめて友達だけで隣町まで冒険したのも自転車でした。
少し大きくなって、キャンプ道具を積んで旅に出たのもやっぱり自転車でした。
子どもの頃はほんの少しだけヤンチャでしたが(今はたいへんジェントルですけど)、自転車は大切に使っていました。

ちいさな子どもの時でも、父親の手を離れて、自分の足を使って走り出して以来、それなりの責任を背負い、ちいさな自由を手にしてきたのだな と。
だから、大人になっても不便に違いないオートバイを大切にしているのかな と思っています。

高校生の時に組み立てた僕の自転車
 
07月16日(月)

近くそして遠い雲の下

普段漫画など読まない僕が、長い間離さずそばに置いて、時折りページを開くコミックが1冊だけあります。
1989年に出版された、わたせせいぞう の 「近くそして遠い雲の下」 です。

わたせせいぞうの描く作品は、 漫画 というよりも コミック といった趣があり、イラストレーションを漫画のように、セリフとコマ割りを与えて物語を展開させる という独自の手法で、大人の読者に向けて送られた 絵本 のような作品に仕上られています(装丁もハードカバーで絵本のような雰囲気です。 ただし、現在は絶版)。
混ざりけのない、クリアな色彩で描かれた オールカラー・コミック は、80年代の日本の良質な部分を抽出した 文化 だったのかな。 と、このごろ感じています。

近くそして遠い雲の下
「近くそして遠い雲の下」 わたせ せいぞう 作 (角川書店) 


この本、全部で20の短編の物語が収められているのですが、それぞれのお話には、どちらかというと 物静かな雰囲気の男女 と オートバイ が登場します。
人それぞれ、人生のなかでいろいろありますが、ここではどれも、大好きな洋服を気負わずに自分らしく着こなすように、オートバイを乗りこなしているのです。 男性も、女性も。
そして、人には皆表情があるように、オートバイにも又表情があります。 そればかりか、空や草木にも等しく表情があり、彼らの一番素敵な 表情 を、作者はさりげなく、しかし的確に描いています。

第16話に、 モトグッツィ・ルマンⅢ(MOTO GUZZI LeMansⅢ) という、80年代中頃に製造されたイタリア製のオートバイが登場するのですが、このマシンに僕は未だに強い影響を受けています。 きっかけは、このコミックです。
現存する最古のイタリアのオートバイメーカーであり、かの国ではおじいちゃん、おばあちゃんにもおなじみの名門(1953年製作の映画 「ローマの休日」 にも、さりげなく登場していました)である、モトグッツィ製マシンの 頑固さ はつとに有名で、ちっとも融通がきかない反面、きわめて個性的で一貫した美学を持ち合わせているのですが、 何と、その ルマンⅢ に乗った男女が旅先の街角で偶然出会う というストーリー。 その乗りにくさがあまりにも強烈で、僕ですら 1度だけ走っているところをみかけた程度 のマシンを、かの うら若き女性 が乗っているという設定そのものが、新鮮な驚きでした。
わたせ作品にたびたび登場する、よく手入れされた植物が配された小奇麗な街角のたたずまいと、そこに停められた2台の赤いオートバイ。 そして、初めて出会う2人が、透き通った空気の中、実に素敵な表情で描かれているものですから、20年以上経っても、ふと思い出したように書棚に手を掛けてしますのです。

何だか過剰でとどまる事を知らなかったかのような、あの時代のなかで、 LPレコードが回転するようなリズムのコミック を残してくれたつくり手たちに感謝しながら僕は、これからも時折、この本のページを開くことでしょう。
 
11月01日(火)

ハロルズギア のジョッパーズパンツ

ジョッパーズパンツをご存知でしょうか。
乗馬用のパンツの一種で、膝上にゆとりをもたせ、ふくらはぎから足首にかけての 体にフィットするようなシルエット が特徴で、乗馬の際の膝を曲げた姿勢に無理がなく、足元がばたつくこともなく、ブーツの着用にも適した実用性の高いスタイルを備えています。
英国の貴族などが乗馬の際は、この種のパンツにジャケットを組み合わせて、たいへんエレガントに着こなしている姿を皆さん、映画等でご覧になったかと存じます。
では、この気品ただよう異国の伝統的な衣類を、オートバイ用として制作し、販売していたメーカーが、かつて存在していたことをご存知でしょうか。 しかも日本のメーカーで、あのジョッパーズパンツを。

ハロルズギア(HAROLD'SGEAR) は、1950~60年代頃の英国製のオートバイに乗るライダーにふさわしい、品格ある大人のためのオートバイ用のウエア等を手がけるブランドとして、1980年代中ごろに誕生しました。
以後、97・8年頃まで、少数派の大人のライダー達のために、こだわりの高いウエアを提供していましたが、その後理由は定かではありませんが、一般受けのする 今風 のデザインに軌道修正したもようです。
確かに、こだわりのある大人のライダーは、モノを大切に手入れしながら使いますから、そんなに頻繁にウェアを買い替えないわけで、販売数には限界があったのかもしれません。
そういう僕自身も、十数年前に購入した ジョッパーズパンツ を、今でも大切に所有していますから。

ハロルズギアのジョッパーズパンツ

乗馬の場合は、おのずと膝を曲げた姿勢になりますから、立ち姿勢を前提につくられた通常のパンツでは、膝が突っ張ってしまい不都合が生じますが、ジョッパーズパンツはこの問題を解消しているわけです。
実は、オートバイの乗車姿勢も、乗馬のそれに近いために同様の問題が発生し、足元のすっきりしたジョッパーズのスタイルはライダーにも都合がよいという理屈になり、英国貴族のアウトドア・スタイルもあながち 的外れ ではないということになります。 何しろオートバイを 「鉄の馬」 にたとえることもあるくらいですから。

ハロルズギアも、そのあたりは熟慮した上で、街中での(オートバイを降りての)使用でも違和感を与えないよう、太ももまわりのゆとりを最小限に抑えつつも、膝頭のあたりを立体的に縫製して巧みに窮屈さを解消していますし、前面のポケットに取り付けたファスナーの金具がオートバイのタンクやシートを傷つけないよう、アクセントを兼ねて、レザーで包むような、手間のかかるつくりにしてあります。
また同じような理由で、足元に取り付けられたファスナーは、体のラインにフィットさせる機能とあわせて、レザーのパイピングで裾まわりを効果的に引き締めています。

ハロルズギアのジョッパーズパンツ

足元のファスナーが、側面ではなく背面に取り付けてありますが、これはファスナーの金具とオートバイ本体との接触を避けるための配慮です(走行中に足首でオートバイを挟み込むようにすると一体的に操作ができるため)。

僕の知る限り 「オートバイとジョッパーズパンツ」 という組み合わせ、後にも先にもハロルズギアだけだったのでは…。 ひょっとすると、ファッションのコーディネートが難しいために敬遠されてしまったのかもしれません。
乗馬よりも高速走行となるオートバイでは、走行する際の風圧に対して配慮する必要があり、一般公道では排気ガスの影響も考えなくてはなりません(結構汚れます)。 いつものジャケット というわけにもゆかないのです。
しかし、着こなしが難しい と焦ってみたところで仕方がありませんから、この際、歳を重ねながら こころの引出し を増やしてゆきたいと思います。
それまで大切に使います。 ジョッパーズ。 できれば乗馬も…。