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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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08月01日(金)

BILLABONG のウォークショーツ

片道切符を握り締めて単身オーストラリアに渡ったのは25歳の時、1993年から94年の一年余りをこの国の人たちと一緒に暮らしておりました。

当時僕が住んでいたのは郊外の住宅地で、日本人どころかアジア人すらいないような、観光とはさっぱり無縁の、慎ましい庶民の営みの中にありました。 そこは広大なオーストラリア大陸の西海岸では唯一の都市・ パース(PERTH) から二十数キロ、といったところでしょうか。
週に3・4回パースに通っていた僕は、懐がさみしいこともあり、日本ではとても売り物にならない と思われる中古のマウンテンバイクを購入し、往復四十数キロの自転車生活を始めました。 そんな暮らしのなかでこの国には、 モノ はちゃんと動く限り最後までとことん使われ続ける という、当たり前の生活感覚があるのだと感じたわけです。
モノを大切に使い続ける とはすなわち 「大量に消費しない」 という意味ですから、衣類をはじめとする日用品のショップも日本ほど多くはなく、海外の高級ブランドも日々の生活には縁遠いとみえて、ブランド好きの方には少々物足らないかもしれないけれど、それ故に海外からの粗悪で無意味な製品の流入も少なく、 自国の製品(AUSTRALIA MADE) を好む傾向にあったといえます。

明るくさっぱりとした国民性もあるのでしょうが、若者のファッションも凝りに凝った日本人のそれとは違い、しっかりと着古されたサーフ・ブランドのTシャツにスニーカー。 それに学生であれば、中身は教科書がずっしり入っているのか、同じくサーフ・ブランドの角ばったナイロン製のバックパックを背負う といった気負いのないいでたちで、それほど多くはない目抜き通りのなかでもとりわけ サーフ・ブランド系 のショップなどはなかなかの賑わいをみせていました(逆にリーバイスのような アメリカもの のカジュアルウェアは、結構高価で手が届かない存在だったようです)。
したがって、サーフィンなど縁遠い僕のような人間も、割合い自然とそのようなショップに足を運ぶことができたのです。
特に、いつもハードに自転車を使っていた僕が大変重宝したのが、 BILLABONG(ビラボン) というサーフ・ブランドの ウォークショーツ でした。

BILLABONGのウォークショーツ

BILLABONGのウォークショーツ

このショーツは、 サーフィン用 とは異なる 街なか用 で、ややタイトなシルエットが体にフィットして、よれよれの自転車にも実によく似合いました。
素材には、冬物の厚ぼったいイメージの強い コーデュロイ を採用しているところなんて以外な印象ではありますが、ひとたびこのブランドの手にかかると相当に格好よく仕上がり、自転車のサドルにはこのくらいの厚みのある方がかえって快適であったのが思いがけず、嬉しい発見でした。

お金も肩書きもないけれど、 そのかわり といってはなんですが、カラリとした空気と溢れんばかりの光だけは存分に享受して、僕は毎日のように自転車を駆り、気の向くところ、どこでも自在に動くことができたのです。
なぜならこの国(といっても西オーストラリア州パース近郊しか知りませんが)は、徹底されて 自転車専用の道路 が整備されていて、自動車の通る一般道からは完全に独立しているものですから、 川沿いの眺めのよい丘や、それから閑静な住宅地のなかを縫うようにして広々とした芝生の公園に辿り着いたり、そこここにある静かな木陰のベンチでしばし佇んだり、遠くペリカンを眺めたり(野生のペリカンも普通に暮らしていました)といった具合で…。
そのような生活のなかで何の偽りもなく、ごく自然にキラキラした 光の感じ を見い出して、いつしか僕は風景を描くようになったのでした。
 
01月16日(木)

トニーラマのカウボーイブーツ

もし、あなたから 「一体、どんなブーツが丈夫で長持ちするのでしょうか?」 といった質問を藪から棒に受けたとしても、うろたえることも取り乱すこともなく、実に涼しい表情でお答えできるだけの自信が僕にはあります。 そして、迷わずこう答えることでしょう 「それはもう、カウボーイブーツですね」 と。
なぜ、ワークブーツでもコンバットブーツでもなく、カウボーイブーツなのか。 それは、実用を前提にレザーでつくられていること、ヒモやベルトなど調整金具のないこと。 レザーは素材そのものが頑丈で、使い込むほどに馴染んでよい艶がでてきますし、単純な長靴状のブーツでは壊れようがないからです。

トニー・ラマのカウボーイブーツ

テキサスのブーツメーカー 「トニーラマ(Tony Lama)」 のカウボーイブーツを購入したのが1990年でしたから、かれこれ20年以上も前につくられたことになります。
そもそもこのブーツに着目したのは、特にカウボーイに対する憧れがあったというわけではなく、男性が日常的に着用できるロング・ブーツというと他にイメージできなかったことと、今はどうなのか分かりませんが、当時はアメリカのメーカーは質の高い製品をつくっている といった印象があり、長く使えるのではないかと考えたからです。
当時の僕にとっては高価なブーツでしたが、少なくとも革製品を購入するのであれば、少々無理をしてでもよいものを選ぶこと、そしてきちんと手入れをしながら責任を持って使い続けることが大切だと思います。 愛着のわかないモノを、ほんの短期間だけ消費しては捨てるといったことを繰り返すと、この星はゴミだらけになってしまいますし、そのようなことをしても、いつまで経ってもこころは豊かにはならないに決まっているのですから。

カウボーイブーツは実用品の枠を超え、ファッションの一アイテムとして、日本では特に女性たちに好まれているように見受けられます。 これは、すそ口の切れ込みの入った曲線の美しさや、 シャフト と呼ばれる足首から上の筒状の部分に施された色とりどりのステッチ、尖り気味のつま先のシルエットなど、他のブーツとは一線を画すような個性が、おしゃれ心をくすぐるからなのかもしれません。

靴ヒモもジッパーもない、このスリムなカウボーイブーツを一体どうやって履くのかというと、すそ口の両端に頑丈に縫い付けてあるストラップに両手の指を引っ掛けて、つま先を滑り込ませながらぐっと引き上げると、するっと履くことができます。 逆に脱ぐときは、甲のあたりに手を添えつつ足首のところを持って、ちょっとひねるような調子で引き抜くと、すぽっと外れます。
すそ口の切れ込みの曲線は、ストラップを引っ張った際に、レザーが裂けにくい自然なカタチになっていますし、シャフトのステッチは、炎か植物か、それとも翼をイメージしたものかは分かりませんが、とにかく優美なラインを描きつつも、シャフト全体をまんべんなく覆うように、外側の耐候性の高いレザーと、内側の肌触りがよく吸湿性の高いレザーとをしっかり縫い合わせて補強する、という実用上の意味を担っています。 つま先が細く尖っているのは、乗馬の際に あぶみ と呼ばれる金具に素早く足を固定するために といった具合に、すべてはカウボーイの過酷な労働条件に耐えうるために必要なもので、そこに彼らは、おしゃれ心をくすぐるような、装飾的な余地を見出すことも忘れなかったのです。
カウボーイブーツの靴底は、基本的にレザーを使用しますが、僕はオートバイでの使用も考えて、少々重くはなりますが滑りにくいゴム製のものを選んでいます。
ドレスアップのために、主に見た目を優先したエレガントな仕様のものもなかには見受けられますが、あくまで実用を重視した、幾分無骨でもある黒づくめのブーツは、ステッチも同色におさえてあり、かえってそれが普段使いには好都合で、分厚い牛革はとくかく 頑丈 の一言に尽きる品質ですし、少々の雨や雪などものともせず、 片道1時間歩く といった使い方でも音をあげることはありません。 しかも、オートバイのシフトチェンジやエンジンからの熱にも耐え、足首のヘタレもなく、表面に細かいキズや色褪せはあっても、それが履き込んだ味になっいてるなと許せるならば、この先いつまでも付き合えそうな気がする。

かつて愛用していた日本製の編み上げブーツは、革のなめし加工から自社で手がける、なかなか熱心なメーカーのものでした。 そのブーツは履き心地を考えてか、内側のレザーにやや厚みのある、やわらかい素材を使ってありましたが、これが履き続けるうちに、かかとの後ろのところがこすれて磨り減ってゆき、とうとう穴が開いてしまったのでした。 僕の足のかたちや癖もあったのかもしれません。 誰も、そこまで使ってもらえるとは考えていなかったのかもしれません。 けれどもその時、ことレザーという素材に関しては、日本のメーカーの 限界 のようなものを感じてしまったのです。
ところが今こうして、アメリカ南西部で20数年も前につくられ、履き込まれたカウボーイブーツのなかを覗き込んでみると、かかとの当たる部分だけ、外側と内側の2重になったレザーの更に内側に、段差が気にならないくらいの薄いレザーが、やはり優美な曲線を描くようなステッチでさり気なく、しかし入念に縫い付けられていることに気づきます。 そのなんてことないぺらぺらのレザーは、本当に長い間、黙って僕のかかとを受け止め続けてくれていたにもかかわらず、どこにも擦り切れた様子はなかったのです。 そこに僕は国境を越えて、真の 「職人魂」 を見出したように思いました。
 
08月16日(金)

リーバイス501

リーバイスの501(ゴーマルイチ) に初めて出会ったのは、1980年代の終わり頃、カリフォルニア州のとあるショッピングモール内のジーンズショップでのことでした。

リーバイス501

そもそも リーバイス(LEVI STRAUSS & CO.) が生まれたのが、ショッピングモールから左程遠くないサンフランシスコということもあってか、そのショップはリーバイス・オンリーだったのですが、さすがに正面の壁の棚一面に天井近くまでズラリと並べられたジーンズ全てが 501 だったのは驚きでした。
脇の方にも確か、数種類くらい別モデルも置いてはありましたが、あくまでも501から派生したもので、たったひとつのジーンズが圧倒的に壁を埋め尽くす姿にひどく惹きつけられました。

なぜ、そのように大量のジーンズが並んでいたかといいますと、
・同じ 501 でも、色の落ち具合によって何種類かに分類されていること(当時ダメージ加工などはありませんでした)。
・更に、ウエストサイズごとに分類されていること。
・加えて、レングスサイズ(股下の長さ)が細かく用意されていること。
からなのでした。

それまでの僕は 501 というモデルに特別な印象を抱いていて、それは 伝説的で遠いところにあって、敷居が高い といったような、どこか雲の上のような存在だったのです。 しかし、よくよく考えるとこれも当たり前の話なのですが、労働者の激しい仕事に耐えうる実用的な衣類として生まれた 「人々の肌に身近な存在」 であったことに、改めて気付かされたのでした。
これはアメリカの文化そのものであり、庶民の実用品なのだと。

僕は、膨大な棚の中から、一度だけ水洗いされた色落ちの少ない生地の、僕のためのウエストサイズ、レングスサイズを選び出し、大切に抱えて持ち帰りました。
ちなみに当時のアメリカ製のコットン衣料は大変丈夫で品質が高く、その割りに価格が随分と安かったのです。 501 も、日本で製造・販売されている製品の3割弱程度の価格で購入できました。

大切に とはいっても、そこは実用品ですから時にはきびしく、どこまでも普通にはきこなした 僕の501 は、伝統に培われたヨーロッパの衣類に比べると信じられないくらい無骨で、特別身体のラインにフィットするわけでもなく、また他にも格好よいジーンズが幾らでもあるにもかかわらず、コットン独特のしっかりとしたあたたかな肌触りと、その布と肌との隙間の 距離感 が、ちょっと真似のできないくらいに何ともいえず程よい心地よさで、なぜか擦り切れてきてからの風合いと馴染み方が、他のどのジーズの追随をも許さない。 そう、存在さえも気にならない空気のような…。

リーバイス501