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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
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04月01日(火)

マーニ・アルチューロ

かつて二輪のGPレース界で、1950~60年代にかけて無敵の強さを誇った、イタリアの名門チームに在籍していた一人の敏腕メカニックが、その後自ら手がけた子供のようなオートバイたちの修理のかたわら、お世辞にも工場とも呼べないようなちいさな工房で、一台一台こつこつと手づくりで組み上げた孫のようなマシンに、彼は自らの名 「マーニ・アルチューロ(MAGNI Arturo)」 を与えました。 1989年、マーニ 64歳の頃のことです。

マーニ・アルチューロ

はじめて マーニ・アルチューロ に出会った時、近寄りがたいオーラのようなものを感じました。 そんなイタリア生まれの只者ではないマシンに対し、なぜか僕は 侍(さむらい) のような印象を受けたのです。

僕のみたところ、二輪車の開発にデザイナーが加わると、本質とはちょっと違う、どうも何か余計なことをしてしまっているような気がするのです。 つまり、本物の優れたマシンは、いつも技術者(メカニック)の手によって生み出されているのではないかと。 だから、生粋のメカニックであるマーニのつくり出すマシンは、必ずフレームに対して、あらん限りの知識と経験と情熱をそそぐ。 よくみると、彼のフレームはどれも、市販車では考えられないような図太い特殊合金製のパイプをがっちりと溶接して組み上げています。

市販車にありがちな しなやかさ とは無縁の高剛性のフレームは、エンジンの振動も含めて何もかもが、過たず乗り手に伝わってきます。 路面の微妙な凹凸も、全ての情報がうやむやにされることなく伝わってこなければならないのだ という、ゆるぎない強い意志を感じるのです。
メカニックは、自ら手がけるマシンに対して嘘はつかないのではないでしょうか。 だから、心血そそいだフレームに取り付けられる、ありとあらゆるパーツは個性にあふれているけれど、マーニの手にかかると一転して、めいめいが素直な顔して馴染んでいるように僕の目には映ってしまいます。

真剣勝負のレースの世界で磨き上げられたであろう、往年のGPレーサーの血統を受け継ぐカウルの微妙なラインは紛れもなく美しいものですが、決してそれは、デザイナーが机上で紙の上に描いたものではないはずです。 職人のごつごつした手から生み出されたラインは、コンピュータの描いたそれとは明らかに異なっていて、その繊細なラインを注意深く辿ってゆくと、遥か ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti) にまで到達するのではないか。 そんなふうに思わずにはいられないのです。

マーニ・アルチューロ

異国のオートバイに対して 侍 のような印象を受けた理由は、剣術の達人が体得している 「姿勢のよさ」 に通じる何か(たぶん研ぎ澄まされた精神)を、知らず知らずのうちにも見出していたからなのではないでしょうか。
無駄な動きのない、達人の腰の据わった体さばきは、結局のところ骨格につながっていて、そこにすべての基本が集約されていると考えてみれば、軽ければ軽いほどよいのだという、昨今の二輪業界の方程式など見向きもせず、軽さを犠牲にしてまでもマーニが譲ることのできなかったフレームの剛性は、常に危険と背中合わせのライダーの最後の頼みに違いないのですから、一見静かで美しい佇まいに、どこか侍にも似た凛とした 姿勢 を感じたのだと…。

マーニ・アルチューロ

 

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