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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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07月01日(金)

京都会館

平安神宮から南へとひろがる一帯は 岡崎公園 と呼ばれる文化ゾーンなのですが、その中心あたりを東西に貫く二条通に、ほんの100mあまりですがなかなか感じのよい ケヤキの並木道 がありまして、この新緑も紅葉も美しい、ちょうど竹ボウキを逆さに立てかけたように、のびのびと枝葉を広げた樹木たちと、それよりも幾分低い高さで軒をすっと伸ばした 京都会館 の物静かなたたずまいとの関係に、20世紀の文明が生み出したごつごつした コンクリートの近代建築 が、いかにその土地で歴史を刻みつつ、都市としての風景のあり方を模索したであろう、一人の建築家の真摯な姿を思い浮かべるのです。

京都会館は、コンサートや演劇のための二つのホールと国際会議場を複合した文化施設として、1960年、建築家 前川國男 の設計により完成しました。
それまで京都には、その街にふさわしい規模や内容の文化施設がなかったので、市民の期待は相当高かったものと想像するのですが、それに加え、かなりの規模にならざるを得ない公共の建物を、平安神宮から道路ひとつ隔てただけのこの場所にしっかりと根を下ろすためには、添え物ではない、生命力のある 樹木(それも大木) の存在を抜きには考えられなかったのではないか、と思うのです。
実際、近代建築家のほとんどが建物中心でしか設計をできなかったなか、1970年代頃から 生き生きした樹木あっての優れた建物 を続けざまに成し遂げた、後年の前川國男の穏やかな創作スタイルの出発点が、この京都会館であったのかな、などと想像してみるのです。

二条通のケヤキ並木は、京都会館の工事にあわせて整備されたようです。
この素敵な並木道は、もともとあった歩道を更に3倍くらいの巾に敷地側に拡張して、広々とした歩道の中央に整然と植えられましたから、もちろんケヤキの木は、最初からそんなに大きかったわけではありません。 一本の木がある程度成長し格好がつくまでには、大体15年くらいはかかると想定しておかなければならないので、設計者はその15年後の姿を頭のなかで描いてから、建物や敷地、道路や周囲との 好ましいバランス でその木にために、そしてその木から将来恩恵を受けるであろう人や、鳥や、昆虫たちのために、一番よいように考えておかなければならないのです。

京都会館

きっと前川も、すっかり成長したケヤキの姿を頭のなかで思い浮かべて、ケヤキの背丈よりも低くなるように、軒の高さを決めたのだろうと思うのです。 そうすると、並木道とのバランスで建物が格好付いてくるのが 15年後20年後以降 になるわけですから、そのくらいの長い時間の流れに確実に耐えられるよう 「日本の建物の流儀」 にならって深い軒をぴんと伸ばし、周囲にぐるりとめぐらせた。 深い軒に守られた外壁や建具は、厳しい風雨からしっかりとまもってくれる。 一方、張り出した軒やバルコニーの手すりは風雨に直接さらされるので、ここだけは プレキャストコンクリート と呼ばれる工場で生産できるパーツとして、現地に運び込まれ組み立てられています。
この方法でつくられるコンクリートは、きちんと温度や時間の管理がなされた最良の環境下で、精度の高い鋼製の型枠(現場では木製の型枠が使われます)を繰り返し流用して量産できるために、現場で直接つくられるコンクリートよりも耐久性に優れていることは無論、天候によって作業が遅れることもなく、工期や予算に余裕のなかったであろう当時の工事では、大いに活躍したものと想像できますし、半世紀あまりが経過した今日でも、大規模な補修がされることなく当時の面影をそのまま残してくれている。 むしろ当初のテカテカした プレキャストコンクリート の質感が、長年の雨風に洗われて、心なし角が丸くなって何だか具合良くなってきたくらいです。 深い庇に覆われた外壁や建具もしっかり当時のままなので、管理者の立場を考えると非常に優秀な公共建築であるといえるでしょう。
それにもかかわらず、建物自体はケヤキ並木になかば隠されてしまい、そんなに目立たなくなっている。 これは50年の間に コンクリートの近代建築 が京都の風土に馴染んできたからではないか、と思うのです。 少しずつ少しずつ時間をかけて、ちょうど木の成長と同じようなゆっくりとしたリズムで…。

京都会館

京都会館へのアプローチは、まず主要な道路と位置づけられる二条通、つまりケヤキ並木の遊歩道から、 ピロティ と呼ばれる建物一階の開放された空間を通り抜けることからはじまります。
ピロティの向こう側は 中庭 になっていて、中庭をなかば囲うように外階段と2階のバルコニーがめぐらされ、バルコニーに面したカフェテラスが中庭に開かれています。 いえ、正確にはカフェテラスのあるバルコニーからは、中庭から数段の石段を上がった広場ごしに隣接する公園の木々、さらにその彼方にはるか東山をのぞむことができる 「伝統的な借景の手法を取り入れた、広大な庭園になっている」 という説明の方が正しいのかもしれません。
しかし、建築家の意図した中庭からの壮大な庭園も、現実には 人気アーティストのコンサートの開場待ち を除いては閑散としていて、自慢のカフェテラスも今ひとつ賑わいが感じられないのです。 実際に中庭やテラスに立ってみると、コンクリートと鉄とガラスで囲われた空間では身の置き所に困るような、どうも心落ち着かない気分なのです。
中庭には設計時から、よく手入れされた色とりどりの花が、ぽつぽつと置かれた花壇に植えられているのですが、人工物の力がよっぽど強すぎて、草花や人間のスケールを超えてしまっているのです。 せっかくの中庭や広場が 「人のための場所」 ではなくて 「広大な眺めのための装置」 になっていたのだと、だからそこに人はとどまらない。

ただ、何となく閑散とした広場の隅っこのほうに、会議場の2階バルコニーに上がるための外階段がありまして、実際そこは管理の都合のためか、階段を昇りきったところに簡単なチェーンがかかっていて、行き止まりのような、ちょっと意味のないような空間になっている(※実際には非常時の際、会議場からの安全な避難経路として機能しますし、過去に一度だけ、着物姿の茶の門人と思しき方々が、開け放した会議場のガラス窓から自由に出入りして、眺めのよいバルコニーに置かれた緋毛氈敷きの床几に腰掛け、優雅に寛いでいたことがありました)、そんな外階段をとことこ上がって腰下ろすコンクリートの段々を、すっかり覆ってしまうくらいの大きな一本の木(たぶんエノキ、あるいはムクノキでしょうか)の、青々と繁った葉っぱが思いがけず身近に感じられて、どっしりと図太い幹は紛れもなく 「おかあさんの木」 で、僕は近所のスーパーマーケットで買った菓子パンと魔法瓶のコーヒーだけの質素な昼食を、あの おかあさんの木 の下の、外階段の上のほうに座って食べることを何より好む、とても居心地よい場所になっているのです。

京都会館

この木は、歩道のケヤキ並木のように建物にあわせて植えられたものではなくて、それ以前からこの場所に育っていた、50年前の時点でも立派な大木であったのだと思います。 その木を設計者の前川は伐らずに残した。 広場の中心から外れていて隣接する公園に近い場所であったこともあるかもしれませんが、ちょっと工事の邪魔になりかねない場所にあった一本の木を確かに彼は残した。
結局、前川が意図した 中庭 は残念ながら失敗に終わったのかもしれませんが(中庭の地下は機械室になっているので、どちらにしても中庭に木は育たないのです)、おおきな木の下のあの場所の居心地のよさを、少なくとも僕だけは知っているつもりなのですから…。 いえ、もう一人いました。 先日、ようようひとり歩きができるようになった幼い女の子が、お母さんの手を離れて一心に、よちよち覚束ない足取りで、それでも一歩一歩あの外階段を昇っていた、そんな場所がここにはあるのです。
 

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