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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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06月01日(水)

かえってきたカエル

あれは確か、保育園の年中組の頃なので、4歳くらいだったと思います。
いつものように遊戯室でピアノを弾いておられた オリカワ先生(若い女性の保育士さん) が、ふいに僕の名を呼ばれたので、そばに行くと、いつもと違ったようすでしんみりと、先日僕の祖父が亡くなったと聞いたこと、祖父の家の近所に住んでいるのだということをお話になり、それとなく励ましていただいたことを、大人になった今でも不思議にはっきりと覚えているのです。
きっとその時の先生は保育士としてではなく、一人の人間として僕に接してくれた 素(す)のままのオリカワ先生 だったのだと。 だから、こころのずっと奥の底の方まで過たず届いて、記憶のなかに、いつまでも褪せることなく在り続けているのだろうと思うのです。

この 「かえってきたカエル」 という絵本は、赤ちゃんのちいさな 掌 にも楽々乗っかってしまいそうな、そのくらい ちいさなアマガエル を飼うことになった、これもまた ちいさなちいさな保育園 でのお話です。

かえってきたカエル
「かえってきたカエル」  中川ひろたか 文 、村上康成 絵   (
童心社

ちいさなちいさな保育園では、子どもたちのそばには何故かいつも 園長先生 が混じっておられるのですが、この、傍目にみてもなんとも頼りない、難しい幼児教育論など微塵も必要としない、もはや透き通った空気のような存在の園長先生は、たぶん 素(す) のままに生きている稀有な方で、僕の こころの奥底の記憶 と、どこかで確かにつながっている。
そんな園長先生ですから、保育士の ひろみ先生 と 子どもたち は、アマガエルの 「みどりちゃん(みどり色だから)」 をどうやって飼うかについて、リズムよくぽんぽん意見が飛び交って、ぐんぐん行動する。 難解な教育論など軽々と吹き飛ばしてしまう小気味よくも頼もしい 彼ら は、実は頼りない園長先生がそばに居てくれてこその 彼ら であって、やっぱりいつも 空気のような園長先生 あってこその保育園なのでした。

こんなにも素敵な保育園が、実際あるのかどうかは分かりませんが、少なくとも、このささやかな絵本を開くたび、そして飾り気のない園長先生をみるにつけ、どういうわけか 宮沢賢治 の、あの 「雨ニモマケズ…」 ではじまる詩を連想するのです。
不覚にも僕は、この詩を朗読すると涙ぐんでしまう。 賢治が亡くなる二年前に、病床で手元のノートに綴った詩の一番おしまいに、 「…サウイフモノニ ワタシハナリタイ」 と、ひそかに願った理想の人に、絵本のなかの 園長先生 を重ねてしまうのです。
 

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Comment


    
 

No Title

子供たちがまだ小学生の頃。
仕事に明け暮れ子供たちとの接点が無い夫に代わって教える事、伝えたいこと真剣に悩みました。
結局、夕食後に宮沢賢治の雨ニモ負ケズを朗読してあげました。
あの詩の中に人生をどの様に生きていけば良いのかの指針が込められているとおもいます。
子供たちは今でも暗記してるみたいです。ソウイウ者ニ私ハナリタイの最後の小節はグットきますね。同感です。

 

No Title

僕は子ども頃から一度も、両親に本を読んでもらったことがありませんでした。
だから、宮沢賢治の詩や童話に出会った時には、すっかり大人になっていたのです。
子どもにはどうにもならないこともあるのですから。

 

買うことにきめました

とても内容が知りたかったのですが、やさしい文章の貴ブログを拝読して まちがいないだろうと。
かえるが大好きで こころが和むかとたのしみです。
ありがとうございます!

 

賢治

賢治が妹の死に書いた詩も、
やさしさと哀しみに満ちていて
ともだちになりたかったと心底おもいますよね。

 

No Title

こんなふうに、自身の気持ちをことばに表現できる人がいたのだと、感謝しつつ、ちいさな詩集をそっと閉じる。