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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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02月01日(月)

蓑庵

チャールズ & レイ・イームズ(Charles and Ray Eames)の映像作品、 「パワーズ・オブ・テン(Powers of Ten)」 をご存知でしょうか。
湖岸の公園でくつろぐ男女を映すカメラが、みるみるうちに上昇して遠のき、画面は地球から太陽系、更に銀河系へと、スケールが 十の累乗 で拡張し続けるかと思うと一転、急速に収縮して今度は、(やはり十の累乗で)男性の皮膚の細胞の奥深く、ついには素粒子の世界にまで至る という斬新な内容で、単に 「果てしなく広大な宇宙の全容をみせておしまい」 ではなく、「実は、目にみえないもう一つの小宇宙(microcosm)が隠されているのだよ」 と、イームズ夫妻は科学的な視点を通して、観るものに深く語りかけてきます。
そこでもし、諸外国の建築やデザインに明るい、勉強熱心な方々から、千利休の時代から400年以上にわたって連綿と、絶えることなく受け継がれている 草庵茶室 という、世界に例をみない極小空間の意味について問われたならば、僕は 「パワーズ・オブ・テン」 で表現されたミクロコスモスの世界観を、精神的な視点から実現していたのが草庵茶室なのではないでしょうか と、そんな風に答えてみたい気がするのです。

大徳寺塔中・玉林院(ぎょくりんいん)の本堂裏にひっそり閑とたたずむ 蓑庵(さあん) は、国宝としてつとに知られる 妙喜庵待庵 と双璧を成す、侘びた風情の草庵茶室です。
草庵茶室は、粗末な田舎家から着想を得たともいわれておりますが、いずれも 極めてちいさな空間であること、体を曲げなければ入れない出入り口(にじり口)をもつこと、複雑な天井形態が組まれていること、丸太や竹など自然の形態をとどめた材料を多用していること、土壁で塗りこめられていて、窓の大きさや造作に工夫を加え採光をコントロールしていること 等が特徴として挙げられます。
普通、ちいさな空間に自然の形態をとどめた素材を多用しすぎると、何とも騒々しくて居たたまれなくなるもので、まず、樹種はできるだけ控えめに、製材で乱れた寸法を整え、人間に都合の良いよう統一してから用いるのが常なのに、こと 蓑庵 の場合、柱一本、垂木一本、どれをみても一つとして真っ直ぐではなく、寸法も確かに微妙にまちまちなはずにもかかわらず、不思議と全体はかっちり収まっているらしく、それぞれが手と手を携えて一つにまとまって、しかも、限りなく静謐な空気を纏っているようにすら思えてしまうのでした。

蓑庵

これはきっと、目利きである茶人と、つくり手である大工が、丸太一本、竹一本に至るまで、素材の声にきちんと耳を傾け、各々の良いところをみつけ、個性を殺さず生かして組んでいるからに違いありません。 その余りにもか細く華奢な素材たちは、それ自体、別段美しくもなく、ある意味弱々しいだけなのに、皆が然るべき持ち場に納まってはじめて繊細で美しい姿を現し、いささかの乱れもなく何百年もの間、凛として在り続けているのは一体どうしてなのでしょう。
ある木などは(赤松でしょうか)、例に漏れず情けないくらいにひょろひょろで、しかも、へなへなと意気地なく曲がっていたりするものですから、 こんなの何の役にもたたないよ と、見切りをつけられないとも限りません。 「やっぱり僕なんか、性格も根性も捻じ曲がった駄目な木なんだろうか…」 と、劣等感に悩み苦しんでいたかもしれない一本の木が、茶室の要でもある 中柱 として、亭主の領域である 点前座 と、大切な客人のための 客座 との間を、そーっとやさしく遮って、それが実にしみじみとありがたく、 「曲がっていたから良かったのだ。 これ程美しい柱はみたことがない!」 と、来る人来る人賞賛をあびる。 アンデルセン童話の 「みにくいアヒルの子」 を連想させる物語の数々が、こんな極小の空間にも、人知れず静かに存在していたのです。

信じられないくらい華奢な丸柱の間に塗りこめられた土壁は、表面からはうかがい知れないものの、柱同士は堅固に貫(ぬき)でつながれ、隙間は隈なく、割り竹を格子状に編んだ木舞(こまい)で周到に組まれていて、全部の厚みが僅か 一寸二分(36mm) という、多少は腕に自信のある並みの左官職人であれば、怖気づいて一目散に逃げ出してしまいかねないくらいの過酷な仕事も、ひとたび、その道の達人の手にかかれば、誰もが惚れ惚れするような コテさばき で、着物ひとつ汚すことなくこなしてしまうに違いありません。 しかも、本来は土に混ぜて収縮によるひび割れを防ぐ裏方の役割を担う 藁スサ を、あえて 壁の仕上面にみえるように浮かび上がらせる という荒業が、まるで松葉を ぱらり と散らしたがごとく自然な有り様で、あたかも風がぴたりと止んだ時の水面かと見紛う程の、それはそれは平滑な仕上がり具合いなのですから。
数多ある茶室のなかでも、極端に開口部を削がれた 蓑庵 の室内は、はるばるお日様から届いた光の多くが、周囲の植え込みによって否応もなく遮られ、更に深い軒の出によって直接差し込むことが許されないために、露地を覆うしっとりとした苔の照り返しが、辛うじて下地窓の隙間から障子の紙面を弱々しく照らすだけにもかかわらず、時間の経過とともに益々白さを増すやわらかな和紙の表面が、心なしか緑色にくすんで、ほの暗い室内にぼんやりと浮かぶ明かりは、かつて出会ったことがない程の美しさ。 そんな、頼りないくらいに微かな明かりが、達人の手で命を吹き込まれた平滑な土壁に届いた瞬間、何でもない古びた 藁スサ が思いがけず白く輝くことを、この茶室から教わりました。
 

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