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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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02月01日(火)

雪の日

京の雪は繊細で儚(はかな)いものだ と、しみじみそう感じます。
雪国ではないので、 どっか と降ることなどきわめて稀で、しんしんと底冷えする夜更けに人知れず、はらはらと降り積もった雪は ほんのり薄化粧 といった清楚な装いで、ほどなく琵琶湖の向こう側からやってきたお日様が、東山から顔を覗かせる頃合いには、そろりそろりと大地に染み込みはじめる短命さゆえ、遥か千年もの昔、 清少納言 が 「枕草子」 にしたためたような、冬の朝の きりり と引き締まった空気のなか、霜の白や、雪や、吐く息の白さに美しさを見い出し、背筋をしゃんと伸ばして生きようとする 凛 とした古(いにしえ)の人々の姿を、未だにしっくりと想像することができるのです。

久しく以前、銀閣寺に程近い 哲学の道 の傍に住んでいた頃、雪の日の早朝、あの独特の 「静けさ」 に目が覚めて、震えながら表に出てみると、はるばる琵琶湖から引かれた疎水の、流れの有るか無しか定かでないくらいに黒く澄みきった水のほかは、人っ子一人通らぬ石畳の小径から何から、桜並木の繊細な枝々の上にまで隈なく 純白に縁取られたさま が、ちょうど鏡のようにそっくり水面(みなも)に映し出されて、この静謐なモノクロームの雪景色と、あの爛漫と咲き乱れる春の満開の景色と、果たして 「どちらが美しかろう」 と思案に暮れるほどの情景も、ほんの一時の出来事で、観光客の皆さんが訪れる頃はすでに、土の中へと消え去ってしまっているのです。

今では疎水べりから離れて、少々北寄りの住宅地の中ほどの、古い家屋に寝起きしておりますが、それでもやはり京の雪は、まだ暗いうちから しんしん と音もなく降り積もり、少し離れたケヤキ並木の大通りからの車の通行音ですら、幾重にも幾重にも層を成す、途方もない数の 雪の斑(ふ) が、吸い取っては落ち吸い取っては落ちして、僕にあの 「静けさ」 をもたらしてくれる。
本当にささやかな、申し訳程度の庭にも分け隔てなく、純白の雪はうっすらと降り積もって、ぺらぺらの華奢なガラス戸が閉てられた隙間だらけの縁側は、確かに寒いには違いないのですが、このような早朝の きりり とした空気の感覚はやはり、 清少納言 の時代からさして変わらず在り続けるものなのだな と、素直に感じることができるのです。
「冬は つとめて(早朝)。 雪の降りたるはいふべきにもあらず…」 と、心のうちでつぶやきながら。

雪の日
 

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Comment


    
 

No Title

僕の住んでいる福岡はこの寒さにあって、雪は降れどもまだ街中が積もることはありません。とはいえ、流石に山を見れば雪は積もり白くなってはいますが・・・。
雪国ならではの当然のように存在する見慣れた雪と、一晩で消え行く儚き雪では、同じ雪でも人の情緒に違いができ、そこに人の美学が加わっていくのでしょうね・・・。
話が軽く飛びますが、僕が好きな格闘技でも似たような傾向があり、「敵がいないくらいの強すぎる人」よりも、「勝ち方は派手だが、負け方も派手」といったような、人としての儚さを持った選手の方が人気もあり華もあるように思われます。極論、永遠よりも限られた界隈の中に人は美学を持つものなのでしょうね。