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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
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01月01日(火)

通仙院

広大な大徳寺の境内の、かなり奥まったところに位置する 真珠庵 と呼ばれる塔頭(たっちゅう)の、しかもそのまた奥にひっそりと書院造の建物が、代々大切に維持されていることをご存知でしょうか。
通仙院(つうせんいん) と名づけられたその建物は、後に建て増しされた、内露地を備えた二畳台目の鄙びた茶室が、茶道に通じる方々には つとに知られるところですが、なぜか僕は、苔むす露地庭に控えめに開かれた 四畳半 のちいさな部屋に、ひどく魅せられてしまうのでした。

そもそも通仙院は、正親町(おおぎまち)天皇の女御のための 化粧殿(けわいどの) を、御所より移築した建物であるといわれておりまして、女御(にょうご)は天皇のお后候補でもある高貴な身分の女性ですから、日常の住まいとは別の、化粧や着替えのための特別な建物が、彼女たちにとって如何に重要であったことでしょうか。
しかし、いくら御所の敷地が広大であっても、さすがに化粧殿は隅の方にあったでしょうし、従者の女性たちがてきぱきと立ち働く必要から、自ずとコンパクトな建物になったのでしょう。 それゆえ、豪華絢爛な広間よりもむしろ、四畳半や六畳の小座敷の方が、僕のような庶民には、その暮らしぶりを しっくり と想像してみることができそうな気がするのです。

通仙院

僕が惹かれた四畳半は、床の間や書院を備えた 「一の間」 と呼ばれる部屋で、ここで女御がうら若きその身を麗しく装ったものと思われます。 そのためか、外に大きく開放されることはなく、六畳の 「次の間」 へとつながっています。
次の間は幾分開放的で、鉤の手に二方向が縁側に開かれて、もう一方が 「納戸の間」 に隣接し、こちらから衣装などを運ぶ手はずだったのでしょう。
それにしても、 京間の四畳半と六畳の空間 には、しみじみと居心地のよさを感じてしまいます。 ちなみに京間の畳一枚の寸法が 1,910mm×955mm であるのに対し、もっぱら最近の住宅で馴染みのある 関東間 は、京間の85%くらいの大きさしかないので、京間の四畳半は意外にゆったりしていて、これがなかなかどうして絶妙なひろさ加減で、結構生活しやすかったりするのです。

一の間の 床の間 は、奥行きが通常の半分くらいしかありません。 すぐ隣の 違い棚 も同様です。 これは、残り半分のスペースを、背面の 納戸の間 から収納場所として確保しているからなのですが、この適度な奥行きの 浅さ加減 が、書院造の持つ威厳の強さを程よくやわらげてくれているのです。 しかも違い棚の上には、 天袋 と呼ばれる収納棚が2段も重ねてあり、違い棚が随分と低い位置に、不思議とコンパクトに収まっているのです(普通、天袋は1段です)。 これは、用途が 化粧 や 着替え のための、細々とした道具を収納するために、奥行きの浅い収納が望ましかったからなのでしょうが、座敷の広さと床の間や違い棚のバランスが、それはもう完璧といってもよいくらいに整っているのです。
奥行きの浅い床の間は、光の入る縁側からは最も奥まっていることもあって、ほんのり暗く、なんだか落ち着いた気分にさせてくれます。

床の間とは反対側の、縁側に唯一面した位置に 書院 が設けてあって、ほの暗い部屋だけに障子越しに届く明りが本当にありがたく、書見には申し分のない環境で、うらやましい限りです。 そんな書院の下の、高さ二十数cmほどの僅かなスペースも、縁側の方から収納として利用できるほか、仏間の下方が一部台座のように持ち上げられていて、この部分もやはり、隣室から収納として活用できるよう、随所に工夫が凝らされています。
これら数々の 小物収納 は、女御の目からは気にならない隣室などに さり気なく 配置されながらも、必要な時には従者の女性が瞬時に対応できる という、実に心憎い設計が成されているのです。 建築家のケの字もなかった 4・5百年ほど前の時代にです。

それからもうひとつ、大切なことに気づきました。 それは細やかな線と、素材それぞれの面とがつくり出す 「旋律」 の存在です。
先ほど説明した、 床の間 と 違い棚 の位置関係もそうなのですが、厳格な 左右対称 をちょっとだけ崩してある。 崩しても、バランスは崩れるどころか更に良くなる。 床の間からぽつんと離された書院の存在も、またしかりです。
次の間 にさり気なく設けられた、採光や通風のための 欄間障子 も、普通は二箇所を対称に配するところを、ここではあえて片側にずらして一箇所にとどめ、上部を幾分すかしておいて、そこを他の小壁と同じ しっくい仕上 ではなく、板をはめ込む。 もうほとんど抽象絵画の世界です。
舞良戸(まいらど) と呼ばれる板戸の桟は、横向きではなく縦向きにして、三本ずつを等間隔で並べながらも、両端部だけは一本にする。
天井の高さも、四畳半は六畳よりも数cmだけ下げられている。 等の工夫が、実に巧妙に、なんてことないように さらり とやってのけられているのです。

このような音楽に通ずる旋律の技法を、たぶん コンポジション(composition:構図) などというのではないでしょうか。
モンドリアン(Piet Mondrian) よりも遥か昔、一人の女性が誰よりも、美しく、気品あれかし と願って、限りなく機能的で、洗練された空間をつくり出した人たちが、確かに日本にいた。
もしかすると、いにしえの 女御 が好んだ場所は、華麗で雅やかな大広間よりも、数人の女性のみ立ち入ることが許された、あの 四畳半 だったのかもしれませんね。
 

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