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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
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02月01日(日)

MUTECHの電話機

「端正」 という言葉の意味を調べてみると、そこには、 きちんとしていること。 整っていること。 行儀ただしいこと。 とあります。 ならば、あえてこの二文字を、背後のキャビネット上にある MUTECH telephone 810 という、ちっぽけな電話機に贈りたいと思います。

MUTECH telephone 810

MUTECH(ミューテック) は、ある韓国の家電メーカーからの依頼によって、日本人のプロダクトデザイナー・ 岩崎一郎 が全ての製品デザインを手がけた、オーディオと電話機に特化したオリジナル・ブランドのことで、僕の知る限り、日本には1999年から2004年頃にかけて一連の製品が輸入され、インテリア・ショップ等で販売されていました。

そもそも家電製品は実用品ですから、身のまわりの家具や道具と同じように、日々の雑多な生活空間のなかで使われているわけで、 たとえば 居間の壁際のサイドボード上に電話機を置く と仮定すると、 そこに電話機ひとつだけが ぽつん と在ることはまずなくて、そばにはテレビやオーディオ機器が並んでいたり、あるいは家族の写真が立てかけられたり、時には花瓶に季節の花を活けてみたり、骨董好きであれば自慢の壷とか置いてみたり… といった具合に、電話機は電話をかけたり出たりする時以外は目障りにならないよう、 さり気なくその場に溶け込んでくれる。 どこまでも、限りなく 静かな存在 であるのが理想です。
そのような意味からも、 「生活空間におけるモノのたたずまいと本当の使いやすさを追求する」 というMUTECHの狙いは、最初期のモデルにあたる telephone 810 に、最も純粋に表現されている といえるでしょう。

普段の暮らしのなかで、あまり意識をされている方はいないかもしれませんが、身のまわりにある、ほとんどの家電製品は 「左右対称」 にデザインされています。
最近の電話機は、本体の横に受話器を並べてレイアウトする場合が多いので、昔のように完全な対称形ではありませんが、それでも基本的に本体部分の操作ボタン類は、きちんと等間隔で揃えてあるのが一般的です。
いわゆる デザイン家電 と呼ばれるモデルは、その傾向が特に顕著で、 受話器も本体もフラットに抑え、操作ボタンはすっきりとちいさめに、しかも同じサイズで四角くコンパクトにまとめる。 ただし、これだけではいかにも ありきたり なので、付加価値を示すために天然素材等の高級な仕上げをセンスよくあしらう… といった感じでしょうか。
しかし、規則正しく凹凸の無い フラット・デザイン は、格好は確かによいかもしれませんが、使いやすさに欠けているのもまた事実で、あくまでも家電は 日々の生活道具 としてデザインしているのですから、生粋のプロダクトデザイナーである岩崎一郎は、そのような手法を(意図的に)選ばなかったのではないか と僕はみています。

telephone 810 の場合、基本的に三つの曲面(だけ)で構成されています。
まず、受話器は手を掛けやすいように左側に(※ 受話器は左手で持つと想定しているため。)、本体から指が入る分だけ間隔を空けておいて、視覚的にも本体から分離させ、受話器は持つ手や顔のラインにフィットするよう緩やかにカーブを描く形態にします。 ここが 第一の曲面 です。
本体には、操作のためのボタンとディスプレイが必要ですが、ボタンを押す動作とディスプレイを見る行為では、それぞれの角度を微妙に変えるとより使いやすいため、ここに 第二・第三の曲面 を充てます。 その他の外形には一切曲面を用いず、曖昧さを排除するようにかっちりとした直線のみで全体をまとめるのです。
すると、(第二と第三の曲面に相当する)本体の二つのカーブの谷間の部分は、(第一の曲面に相当する)受話器の手を掛ける部分にぴたりと一致するようになり、一見デザイン重視のコンパクトなボディのようでも、理にかなったデザインであれば、使い勝手には何ら矛盾しないことになります。

操作ボタンは、相手に電話をかける際に必要となる 12個分だけを 大きく、まるく、平たい形状 に、それも押しやすい間隔を空けておいて、右隅にまとめて配置するようにします(※ 右手でボタンを押すと想定しているため。)
外出時と帰宅時に操作が必要となる留守電の ON/OFF ボタンについては、慌てて操作しても損ねないよう、ここだけは独立して右側上部に配置してあります。
最後に その他 のボタンは、基本設定時などに操作するだけで、頻繁に使う必要がありませんから、豆粒状の小さな形状にしておいて、邪魔にならない隅っこに並べて配置しておくと、バランスよくおさめることが可能です。

MUTECH telephone 810

このように考えてみれば、むしろ、操作系のボタンは 左右対称にはならない のが自然で、形状も材質も異なる種々のボタンを、緩やかな曲面を描く本体上に(ブランドロゴを含めて)完璧なレイアウトを施す事が出来る というわけです。

それにしても、つくづく感心するのは、このような仕事を、特に秀でた機能も持たせず、当たり前の使い勝手だけを、さして高級でもなく、まして天然素材でもない、ごく普通の 工業素材と技術 だけで成し遂げてしまったことです。
これだけの内容が、決して破綻することなく、つましく、美しくまとまっているのは、ブレのない、真っ当な考え方でデザインされている証しでもあるのでしょうが、「(定石である)左右対称を崩しているところ」 に、あえて注目をしたいのです。
欧米諸国に限らず、大陸の文化は厳格に 左右対称 であったなかで、少なくとも島国である日本は、時にはしなやかに、必要に応じて臨機応変に 崩すこと を厭いませんでした。 人には誰だって皆 利き腕 があるように、左右を無理に揃えようとはしないという 独自の文化 が育まれていたからなのではないでしょうか。

だから、この韓国生まれの電話機と、それから日本人の文化と美学を惜しみなく注いだ、生みの親であるひとりのデザイナーに対し、胸を張って 「端正」 という言葉を贈りたいのです。
 

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