プロフィール

アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

検索フォーム

10月01日(木)

正伝寺

正伝寺は、奥深い山の懐に抱かれるように、ひっそりとたたずんでいます。
それは麓の、このあたり(西賀茂)ではお馴染みの土塀に囲まれた農作業のできる母屋の前庭や、農具庫や土蔵などを持つ昔ながらの農家が建ち並ぶこじんまりした生活道路から、行く手の 船山(※ 京都五山送り火のひとつ 舟形万灯籠 のある山です) を眺めても、ただただ木々が生い茂るばかりで、お寺の存在すら定かではない。 実に静かなものです。

ようやく、人家が途切れた頃に見つけたお寺の山門をくぐると、鬱蒼とした大樹の間を縫うようにして、苔むした参道の坂道や石段が連なるそのおしまいに、それ程大きくはない本堂と庫裏が慎ましく並んで、ようよう建てられるだけのささやかな土地と、その周りに、これ又ささやかな鐘楼と墓地と段々畑とが仲良く、斜面のそこここに溶け込むように点在する境内は、名だたる京の大寺院とは無縁の、まるで谷間のような静けさ。 どうりで麓からは分からないはずです。

伏見桃山城にあった 御成殿 と称される遺構を移築した本堂(方丈)の正面に、ここだけは少々石垣を積ませていただいて、山中の境内では唯一の平坦な庭を、人の背丈ほどの土塀で囲い、白砂を敷きつめた奥に てん てん てん と、七五三調の要領で、サツキツツジの刈込みのみを配した、世にも稀な 天上の空間 が生まれたのでした。

正伝寺

本堂の縁側から眺める庭園は、これよりも小さくてもいけませんし、大きくても何だかおかしい。 これ以上はあり得ない! というくらいの絶妙な奥行きが与えられ、眼前にはただただ白砂の余白がひろがるばかり。
こころ乱す何者もない、限りなく平和なこの景色は、僕が生まれ育った 瀬戸内海の風景 そのものだと察しました。 白砂の海はどこまでもおだやかで、いたずらに波を荒立てることもなく、きらきらとお日様の光を拡散させ、目にも眩しくはない。 サツキツツジの刈り込みは、波間に点在するこんもりとした 瀬戸内の島々 そっくりではありませんか。

内海の背後はしっくい塗りの土塀によって、目線より下の景色、つまり 遥か下方の街の気配の一切 が消し去られて、背後からぐるりと側面までを抱くように取り囲む深い深い森の木々。 そう、ここはもはや 動物たちの領域 でもあるのです。
庭は、お寺が建立されるずっと以前からそうであったかのように、蝶やとんぼや様々な虫たちが自在に行き来し、高貴な身分のお方のみ通ることが許される(はずの)石畳の小径を、誰にはばかるでもなく野良猫が背筋をピンと張ってゆうゆうと通り過ぎて、さすがにここまでは保健所の手も届きますまい。
結局、飼い猫も野良猫も、人間も昆虫も皆同じ生き物で、この 母なる山 に抱かれているだけなのではないのだろうか と、そのようなおおらかな気持ちにさせてくれるのは、どうしてなのでしょう。

正面の遥か彼方には比叡の山が、相も変わらず、実に悠長な様子で でん とそこに居られる。 西賀茂の地からはあまりに遠いために、その姿は幾重もの空気の層に隔てられ、なかば 空 と化し、青く霞んでみえるのだと知りました。
そして、その上には、どこまでもどこまでも高く青い空と白い雲が続いてゆき、その時々の季節や気温、あるいは湿度や天候によって、目まぐるしく表情を変えながら 「空ってこんなに高いのか」 と、今更ながら気づかされたのは、森に護られ、いつの間にやら庭さえも飛び越えて、大空と対話している自身の姿をそこに見い出していたからなのかもしれません。

正伝寺
 

Trackback

URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 

Comment