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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
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10月15日(土)

東滴壺(とうてきこ)

大徳寺塔頭のひとつ 龍源院(りょうげんいん) を訪ね、しっとりと黒光りする、ほの暗い庫裡の廊下を抜け、方丈へとつながる茶堂廊下に出たその刹那、信じられない空間に出会うのでした。
そこは方丈と庫裡、二棟並んだ建物の 狭間 としかいいようのない場所。

東滴壺

それは大きく軒を張り出したお互いの建物が接触しないよう、ほんの一尺(30cmくらい)ばかりすかしたために、その下に廻らされた濡縁との間にぽっかりと空いた場所が、双方を行き来するために渡された二本の廊下によって否応なしに切り取られてしまって、これが何とも心細くなるような、実にか細い、ざっと目視で7尺×25尺(210cm×750cmくらい)の 壺中の領域 が生まれてしまった。

ここに庭をつくろうと思い立った方は、仏門に仕える者として、植物を植えるべきではない(息苦しくて忍びないから)と判断し、控えめな姿の石と砂のみの 「偽りのない配置」 に至ったのではないだろうか などと、勝手な想像を抱いてしまいます。

こと京都のお寺に限って、植物に頼らず、乾いた石と砂のみで 水 を表現できるのは、それらを取り囲む濡縁や建具や軒裏の木材に含まれた、目にみえない 「しっとりとした水分の存在」 に助けられているからに違いありません。
もし、コンクリートや金属に囲まれた空間に枯山水の庭園をつくったとしても、おそらく本物以上の 水の表情 は生まれ得ないのではないか。 と、そんなふうに思うのです。

東滴壺(とうてきこ) と名づけられたこの庭は、実に目立たない、ちいさな平たい石から円形にひろがる波紋に端を発しているわけですが、 ほんの一滴の水が波となって、思いがけず縁板の下にまでおよんでいるのを、 そして砂の凹凸の描く陰影が限りなく変化しつづける様を見出した時、 知らず知らずのうちに僕自身、庭の一部になってしまっていたのだ と、ふと我に返ってからようやく気づくのでした。

東滴壺
 

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