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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
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07月16日(月)

近くそして遠い雲の下

普段漫画など読まない僕が、長い間離さずそばに置いて、時折りページを開くコミックが1冊だけあります。
1989年に出版された、わたせせいぞう の 「近くそして遠い雲の下」 です。

わたせせいぞうの描く作品は、 漫画 というよりも コミック といった趣があり、イラストレーションを漫画のように、セリフとコマ割りを与えて物語を展開させる という独自の手法で、大人の読者に向けて送られた 絵本 のような作品に仕上られています(装丁もハードカバーで絵本のような雰囲気です。 ただし、現在は絶版)。
混ざりけのない、クリアな色彩で描かれた オールカラー・コミック は、80年代の日本の良質な部分を抽出した 文化 だったのかな。 と、このごろ感じています。

近くそして遠い雲の下
「近くそして遠い雲の下」 わたせ せいぞう 作 (角川書店) 


この本、全部で20の短編の物語が収められているのですが、それぞれのお話には、どちらかというと 物静かな雰囲気の男女 と オートバイ が登場します。
人それぞれ、人生のなかでいろいろありますが、ここではどれも、大好きな洋服を気負わずに自分らしく着こなすように、オートバイを乗りこなしているのです。 男性も、女性も。
そして、人には皆表情があるように、オートバイにも又表情があります。 そればかりか、空や草木にも等しく表情があり、彼らの一番素敵な 表情 を、作者はさりげなく、しかし的確に描いています。

第16話に、 モトグッツィ・ルマンⅢ(MOTO GUZZI LeMansⅢ) という、80年代中頃に製造されたイタリア製のオートバイが登場するのですが、このマシンに僕は未だに強い影響を受けています。 きっかけは、このコミックです。
現存する最古のイタリアのオートバイメーカーであり、かの国ではおじいちゃん、おばあちゃんにもおなじみの名門(1953年製作の映画 「ローマの休日」 にも、さりげなく登場していました)である、モトグッツィ製マシンの 頑固さ はつとに有名で、ちっとも融通がきかない反面、きわめて個性的で一貫した美学を持ち合わせているのですが、 何と、その ルマンⅢ に乗った男女が旅先の街角で偶然出会う というストーリー。 その乗りにくさがあまりにも強烈で、僕ですら 1度だけ走っているところをみかけた程度 のマシンを、かの うら若き女性 が乗っているという設定そのものが、新鮮な驚きでした。
わたせ作品にたびたび登場する、よく手入れされた植物が配された小奇麗な街角のたたずまいと、そこに停められた2台の赤いオートバイ。 そして、初めて出会う2人が、透き通った空気の中、実に素敵な表情で描かれているものですから、20年以上経っても、ふと思い出したように書棚に手を掛けてしますのです。

何だか過剰でとどまる事を知らなかったかのような、あの時代のなかで、 LPレコードが回転するようなリズムのコミック を残してくれたつくり手たちに感謝しながら僕は、これからも時折、この本のページを開くことでしょう。
 

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