プロフィール

アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

検索フォーム

05月25日(土)

牛島別邸

1986年、建築家の宮脇檀が50歳の折に手掛けたちいさな別荘があるらしい と知ったのは、つい最近のこと。 ドローイングに焦点を当てた巡回展でみつけた、さらさらっと描かれた数枚のスケッチからでした。

常時20件近くのプロジェクトを抱え、文才にも恵まれて数々の著作を発表、大学で後進の育成にも携わる。 まばゆいほどに輝かしい経歴の円熟期に産声を上げた仕事にしては、本当に地味で目立たない。
「牛島別邸」 と題された、平面図に加えラフな断面図と外観透視図、それから、家具類や住まい手の姿までが描き込まれた内観透視図は、いずれも短時間で作成されたものに違いなく、代表作に名を連ねる作品のように高度で目を瞠るような空間構成もなければ、とりたててスタイリッシュというわけでもない。 実際に建てられてはいるようだけれど情報が乏しく、果たして現存するのか、そもそもどこにあるのかさえも定かではありません。
それなのに、なぜかひどく心を惹きつけられる、不思議な魅力にあふれているように思えて仕方がなかったのです。

職業柄、インテリアに造詣が深く、椅子のコレクターとして知られるだけでなく、家事全般もソツなくこなし、とりわけ食に関しては、どんなに忙しくても自らキッチンに立ち、家族とともに食卓を囲む時間を大切にする。 せっかくの人生なのだから前向きに、暮らしを楽しみたい。 そんな、日々の生活に対するちいさな眼差しと、街並みや風景としての住まいに対するおおきな眼差しの両方を持ち合わせた稀有な建築家。
失礼ながら、つくづく地味で写真映えしない牛島別邸は、お世辞にもメディア受けする類の作品ではないため、おそらく世間で注目されることはこの先もないのでしょうが、建築家としてはむろん、一人の人間として、父親としての宮脇檀が、気負わず素直な自身のまま到達した 理想の住まい に相違ないと、確信している次第です。

宮脇の描いた平面図(兼配置図)を見る限り、牛島別邸の敷地は、樹々がすくすくと生い茂る南向きの斜面地。 別荘地として知られる軽井沢、あるいは蓼科あたりでしょうか。
街なかの敷地であれば自ら積極的に、能動的に景観をつくってゆくところを、ここではあえて自然の景観に逆らわないよう控え目に、あくまでも受動的に、樹々のまにまに膝を入るるの席を見出すくらいの謙虚さでもって、ちょこんと配されています。
平坦な場所など、これっぽっちも見出せない土地に建物を計画する際、天然自然の大地がなるべく痛くないように敷地を読み取ってみたら、なるほど確かにこうなるよな と、誰もが共感するような…。 スター建築家としての名声も、大学教授としての肩書もきれいさっぱり捨て去って、しばし俗世間を離れ、ただただ首を垂れ、耳を澄ましたらこうなりました というような…。
どこかしら、生まれるべくして生まれた農村集落の在りようにも共通する、現代の日本人が失ってしまった 大地との声なき対話 が聞こえてくるような気さえする。

これまで数々の住宅作品を通して、日本人離れした立体的な空間構成を欲しいままに展開してきた宮脇が、ありふれた木造平屋の建物で、敷地の高低差に沿うように、しかも、無造作にただ くるりん と弧を描くようにアプローチを迂回させるだけで、あたかも桂離宮を彷彿とさせる悠久の物語を紡ぎ出しているその驚くべき手腕には、スケッチを前に呆然と立ち尽くすほかありません。

牛島別邸

一つ屋根の下、限られた空間のなかで、いかに豊かな暮らしを営むことができるかが問われる仕事。 しかも、別邸という用途ゆえに戸締りへの配慮をクリアしつつ、四季折々の彩りを満喫するために宮脇檀が導き出した答えはというと… 。 建物の四隅を閉じ、個々のための巣にこもるような心地の良いコーナーをつくる一方で、目いっぱい解放された建物中央部が、家族皆が集う拠り所になる というアイデアでした。
視界は南北方向へとつつがなく抜け、建物内に日差しを取り込むとともに風が自由に通り抜ける。 敷地の高低差により中空に放たれた南面はテラスとなり、地面に接する北面は出入り口となる。 現代の定石に従えば、出入り口が玄関やホール空間になりそうなところですが、牛島別邸にはそのような面積的余裕はありません。
そこには、誰もがふらりと立ち寄れる、農家でいうところの 縁側的空間 に。 これまた農家でいうところの 囲炉裏端 とでもいうべき土間の食事室が用意されていたのでした。

事実、食卓には炉(※ 正確には調理用のコンロ)が誂えてあり、火を囲んで食事が楽しめる趣向になっています。
宮脇自身の言葉によると、火を通す過程が調理の最終工程となり、火が絡むと蒸気や熱気、湯気や匂い、音や炎といった要素が 「おいしい食事がはじまる」 という期待感を盛り上げてくれる とのこと。 さらに、火のある場所は 「ハレ」 の雰囲気をつくる とも述べています(※ 新潮社刊 「父たちよ家へ帰れ」 より引用)
つまり、住まいの中心に火があることで、誰いうでもなく自然と家族が集まってくる 理想の拠り所が成立する というわけです。
宮脇は、建物を南北に貫く中心軸上に食事室の炉と暖炉を据え、暖炉は室内側だけでなく屋外のテラス側からも利用できるよう工夫の上、テラスを 第二の居間 に置き換えることで内外を別つ境界線を曖昧にし、限られた空間に無限のひろがりを生み出す 「借景」 の応用化を試みています。
たとえ、どんなにささやかな住まいであっても、豊かな暮らしが営めるのだということを証明したかったのではないでしょうか。

おしまいに、平面(配置)スケッチのなかに、後から宮脇自身による、明らかにふと思いついたような筆跡で、建物北側の敷地内に、石で畳んだテラスをつくる別メニュー(将来案)が描き加えてあったことを記しておきましょう。
おそらくは、誰に頼まれたわけではないけれど、南のテラスと対になるように、まだ見ぬ 北側のテラス をいつか実現してみたい。
自然のなかのテラスが使える季節は限られているから、実現の可能性は低いかもしれません。 けれども、陽のあたる方向に花を咲かせる植物の習性を熟知していたであろう建築家は、南向きの庭だけが持つ魅力や可能性を期待せずにはいられなかったはずです。

樹々の間からあちらこちら、斜面地に差し込む木漏れ日に無邪気な顔見せる、名もなき草花に囲まれたもう一つの食事室。 家族が笑顔で過ごすささやかなアウトドアダイニングの情景を、楽しそうに想い描いていた宮脇檀の姿を今、しんみりと想像しています。
 

Trackback

URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 

Comment