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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
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06月01日(水)

人類進化ベッド

理想の住まいとは、護られるような安心感と遮るもののない解放感という、相反する二つの要素を破綻なく両立させた空間 と断言してみても、存外的外れではないかもしれません。
あたかもそのような考えを、人生のおよそ三分の一を占める ねむり とは切っても切れない関係にあるベッドの開発に応用しようと試みている人たちがいて、その発案者が寝具メーカーやデザイナーではなくチンパンジーの研究者なのですから、何とも興味深いお話ではありませんか。
事の発端は、ざっとこんな感じです。 京都大学アフリカ地域研究資料センター研究員の座馬耕一郎がチンパンジーの抜け毛を採取するため、樹上につくられた彼らのベッドによじ登った折、試しに横たわってみると、真ん中がくぼんだ、楕円形のちょうど浅いお皿のようなカタチが不思議と身体に具合よく収まって、高所でありながら包み込まれるような感覚を伴った、ご本人いわく 「人生で最高のベッド」 とのこと。

そもそも400万年あまりも前までは、人間の祖先も外敵を避けるために樹上で眠っていたと考えられていて、やがて地上に降り、危険を承知で二足歩行へと移行する対価として、自由になった手で道具を扱う術を獲得した結果、人類としての目ざましい進化を遂げたわけですから、チンパンジーのベッドに身をゆだねた経験から、遥か遠いご先祖様より受け継いだDNAのなかに、ほんのけし粒ほどに残された やすらぎの記憶 が脳裏によみがえってくる可能性も十分にあり得るはずです。

チンパンジーのベッド

さながら遊牧民族のように、旬の果物を求めて移動し続けるチンパンジーの気ままなライフスタイルに相応しく、彼らの寝床は一晩っきりの新鮮さに満ち満ちた品質がすべてといってよく、やすらかな ねむり を誘うために欠くことのできないベッドづくりは、食料調達と同じくらいに毎日繰り返される生命の営みなのですから、 チンパンジー = いっぱしのベッド職人 という公式が成り立つのも分かるような気がします。
たとえ かりそめの住まい であろうとも、安全でこころやすらぐベッドのロケーションや樹種選びには細心の注意が払われ、ひとたびこの樹上こそ我が家と定まれば、自慢の長く、かつたくましい両の手が届く範囲の枝を巧みに使って、まずは編み込むようにして丈夫な下地をつくり、徐々に柔らかい枝葉を敷き詰め、お皿のようにカタチを整えるとたちまち ふかふかのベッド が出来上がり、それが、時間にしてわずか数分なのですから、動物界における 「ベッド職人」 の異名は伊達ではありません。

野生の勘と豊富な経験から過たず導き出された 「究極のベッド」 は、樹上空間で立体的に展開されるがゆえ、風や身体の動きにあわせて心地よい揺れを伴い、さながら天然の ゆりかご のような安堵感をもたらし、ややもすると身体がはみ出してしまいそうなくらいに小ぶりなベッドは、楕円形で、しかも周囲の縁が盛り上がっているために、ごろりと寝転ぶ位置によってすっぽり収まることも、ちょっと手足を投げ出す微調整も自由自在な上、あらゆる場所が枕にも(足枕にも)なるその高さ加減がまた堪えられない、最上の寝心地を約束してくれるのでありましょう。
それだけではありません。 寝苦しい夜なぞに、手元にある新鮮な小枝をぽきりと折れさえすれば、たちまち天然の芳香がほんのりとひろがり、その日にあった嫌なこともすっかり忘れ、深い深い眠りの世界へと誘うことだってまんざら夢物語ではなく、むしろ一夜限りの かりそめの宿 が、やがては土に還り、何年後かあるいは何十年後か、再び彼らの寝床となるめぐり合わせこそが夢のような儚さ、太古より自然界で連綿と繰り返される美しい営みを示唆しているかのようです。

良質な睡眠が人類の進化に寄与しているとの確信からでしょうか。 チンパンジーがつくるベッドの寝心地よさを誰よりも知るひとりの研究者の着想をきっかけに、これまで人々が培ってきた英知を投入して 「人類進化ベッド」 の開発が進められており、この度試作品を発表するに至ったとのこと。

人類進化ベッド

当然ながら、ベッドのカタチはチンパンジーに倣い楕円形ですが、サイズは人間の体格にあわせてオリジナルよりも一回り大きく設定されています。 それでも長径側でせいぜい160cm程度ですから、成人男性であれば足がはみ出してしまうくらいに心もとないサイズだよね と指摘されれば、なるほど確かにおっしゃる通りです。 ただ、これもチンパンジーのベッドと同様、周囲にめぐらされた縁が盛り上がっているために、頑是なき幼な児のように心持ち膝を曲げ横向きに身体を丸めて眠ると、実にしっくりと、さも寝言地よさそな収まり加減で、普段から慣れ親しんだ四角く平らなベッドとは異次元の世界であろうことは容易に想像がつきます。
マットレスとも敷き布団とも表現し難い楕円形のクッションを支えるのは、やはり楕円形をしたMDF製のフレームで、内側は北欧家具では椅子の座面にしばしば用いられるペーパーコードでもってトランポリン風にしっかと編み込まれ、さすがにチンパンジーのように地上5mあるいは10mというわけにはゆかず、あくまでも室内仕様ですから、床上45cmの高さで放射状に伸ばされた枝のような脚の上にふわりと持ち上げられた、どこやら日本独自の 軽(かろ)み にも通じるたたずまいからは、堅固な壁に囲まれた西欧伝来の重厚な寝具のイメージとはおよそかけ離れた、縁の下を空気が自由に行き来する、しっとりと潤った空気が肌に心地よく日本の気候風土にいかにもふさわしい、きわめて理にかなった真っ当な姿のように思えてなりません。

もうひとつ、人類進化ベッドの特徴として ゆりかご のようにゆらゆら揺れるロッキングの機能が挙げられるでしょう。
これは西欧に昔から見受けられる、ソリ状の脚を持った、前後または左右の一方向のみに揺れる規則的なリズムの動きをねらったものではなく、かつて樹上につくられたチンパンジーのベッドで研究者が経験した、心地よい ねむり をもたらす不規則な揺れを理想として考案されたものに違いなく、ちょうどその昔、東北地方あたりの農家で使われていた、竹や籐によって編み込まれた半球状のザルのような、素朴な ゆりかご の揺れに近しいと感じるのは単なる気のせいでしょうか。
けれども、遥か太古より連綿とつくり続けられてきた霊長類のベッドを基点に、幼い赤ん坊を包み込む伝統の ゆりかご を経た延長線上に人類進化ベッドが位置づけられるのであれば、きっとそれは、護られるような安心感と遮るもののない解放感とを併せ持った、理想の住まいにも通じる寝具であることだけは間違いなさそうです。
 

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