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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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06月16日(木)

長江家住宅

目を閉じてそっと耳を澄ませば、建物たちの声が聞こえてくる。

1990年代はじめ頃、北京の街を旅した時のことです。 観光地などとんと関心がなく、むしろ素顔の街の姿を知りたいものだと常々考えていたものですから、昔ながらの住宅地を歩いてみようと 胡同(フートン) と呼ばれる古い路地がめぐらされている地域を、ろくろく地図さえ解読できない方向音痴ゆえ、勘だけを頼りに大路から小路へ、奥へ奥へと進むうち次第に道幅は狭くなり、気がつけばゆるやかに曲がりくねったひどくヒューマンスケールな生活道路の両側に、ちょうど胸くらいの高さに入り口が持ち上げられたレンガ積み瓦葺き、平屋建ての古い家並みがどこまでも続く風景のただ中におりました。
季節は12月だったので、まだ真冬ではないはずなのに、比較的緯度の高い北京は底冷えする真冬の京の街よりもずっと冷え込んでいて、当然ながら路地を歩く酔狂な人など居ようはずもなく、ぽつぽつと(地域住民のための)共同トイレがあるほかは、ただただ古びたレンガ壁が連なるだけの限りなく静謐な世界。
通りに開かれた窓らしい窓ひとつない建物は(※ 「四合院」 と呼ばれる伝統住居は中央に中庭を持ち、各部屋は中庭に対してのみ開かれています。)、一見したところ無愛想でどれもこれも似たり寄ったりの殺風景な街並みのようであって、それでもよくよくみるとひとつひとつが手づくりの家々は、同じレンガであってもそれぞれ積み方が微妙に違っていて、共通のルールのなかでゆるやかに変化しながら全体が調和している様に 「この分厚いレンガ壁の向こうには様々な家族の暮らしがあって、その違いが家並みとなってそこはかとなく現れているのだな」 と、壁の向こう側に立ち入ることなど到底許されない異国の旅人には、せめて、この街の人々の穏やかな暮らしに波風立てぬよう、想いを馳せながら静かに通りすぐてゆくこと以外できようはずもありませんでした。

堅固で無骨なレンガ壁と華奢で繊細な木の柱に土壁。 気候風土や国民性の違いはあっても、北京の街に四合院があるように、京の街には町家があって、どちらも数百年もの歴史のなかで熟成され、完成の域に達しながら、時代の流れのなかで過去の不便な様式として現実の暮らしから遠ざけられ、やがては消え行く運命にあるのでしょうか。
きもの産業の中核を担ってきた京の一等地において代々呉服卸業を営んできた老舗の長江家も、時代の波には逆らえず、後継者の不在により祇園祭の鉾町に点在する大規模京町家の貴重な財産を譲渡せざるを得ない事態に直面しましたが、どうやら 高級分譲マンションやホテルに建て替えられる という最悪のシナリオは回避して、新たな所有者となった民間業者と地元の大学が連携して長江家住宅の保存・活用を模索する方向に落ち着いたようです。

いかにも大店と呼ぶのがふさわしい、間口のひろい堂々たる大規模京町家も、なにも最初っから広大なお店(兼住まい)を構えていたとは限りません。
長江家の場合も比較的小規模な町家から商いをスタートし、幕末の大火を期に再建に着手。 次いで奥の敷地、隣の敷地… といった具合に、堅実に規模を拡張、大正のはじめ頃にかけて順次移築や増築を繰り返しながら、現在みられるような南北ふたつの主屋棟に奥の庭を挟んだ離れ屋と化粧部屋、二棟の蔵を有する京の呉服卸商家らしいたたずまいにまで到ったのですから。

長江家住宅

北京の四合院と同様、京町家も伝統に培われた地域共通のルールに基づいてつくられているため、一見するとどれも似通っているようでいて、その敷地の形態や方位、周囲の道路や建物との兼ね合い、そして何よりも手がける棟梁の個性によって数限りないバリエーションが存在するのですから、そもそも違う意味で 金太郎飴 的に規格・量産化された、昨今の 商品化住宅 なるものとは思想の根本からして別物。 「ひとつとして同じ建物は存在しない」 といっても過言ではありません。
長江家の場合、東側の道路に面した東西に細長い敷地ゆえ、普通は東西いずれかの方向に開いて採光や通風を得るべきところを、もともと建てられていた主屋北棟から隣接する南隣へと主屋を増築し、この南棟の主屋から奥のニワ(座敷庭)をはさんで対角線上に位置する北西方向に、わざわざぐるりと迂回するようにして廊下をめぐらして 市中の山居 めいた風流な離れ屋をつくり、さながら郊外地の一軒家のような東と南の二方向に開かれた、都心部の町家とは思えない独創的な世界観を創出してしまうなんて、誰だって、オモテの通りに面した繊細な木製の格子や土壁に塗り籠められた虫籠窓が織り成す落ち着いた街並みからは想像すらできないでしょう。

なまじ便利な機械設備に依存してずぼらを決め込んだら最後、伝統の京町家に手を加えることなど何というおこがましい行為!と、胸張れるだけの美しさと機能を生まれながらにして兼ね備えた長江家住宅は、名作と名高い数々の調度品を差し引けば取り立てて豪華ではないどころか、むしろ慎ましいくらいの品格ただよう物腰で、見慣れぬ方にとっては ただ 同じような畳敷きの部屋が並んでいるだけ と受け取られても仕方がないかもしれません。
けれども、規格化された畳のサイズを基準に室内外へと展開される空間のつながりは、雨が多く湿度が高いこの国の、窮屈きわまりないこの街の一隅で、自然の採光と通風をいかに工夫して取り込むかを数百年間、試行錯誤を重ねた末にようやくたどり着いた京の匠たちの知恵とやせ我慢とプライドの結晶なのですから、たとえ部屋から部屋へと移動するような日々繰り返される何てことない行為でさえ、季節や時間ごとに展開される光と闇が織り成す魔法の世界へと足を踏み入れたかのような錯覚に陥ったとしても、底知れぬ奥行きを秘めた美の殿堂ゆえ、ちっとも不思議ではありますまい。
ただし、伝統の京町家からもたらされる恩恵に浴するためには、あくまでもその場にふさわしい作法と、日々繰り返される手入れが根底にあってこそのお話です。 それは、別段ややこしい理屈なんかではありません。 親から子へと伝えられるしつけや、主婦が当たり前にこなしていた家事仕事のような暮らしの原点のそこかしこにしばしば見受けられたはずなのに、ふと気付けば昔ながらの町家がマンションに建て替わっていたように、知らず知らずのうちに抜け落ちてしまった大切な 何か は、もう二度と帰ってくることはないのです。

その兆候は、ややもすると床板の表情ひとつ取ってみても手入れを怠れば色艶が悪くなるのですぐにわかりますし、第一、かさかさっとした足触りよりもしっとりと適度に潤っているほうが、人にも建物にも心地よいに決まっています。 これはうっかり雑巾がけを怠っていたり、窓を開け閉てして空気を循環させる行為ができていない(つまり建物全体の呼吸ができていない)、不健康な証拠ですし、建物と庭がひとつながりになっているのには理由があって、程よい湿度を含んだ空気が隈なく循環することで土壁や木材、和紙などの吸湿性のある素材そのものが絶妙なさじ加減で何とも心地よい、どこやらほっと安堵する、理想的な住環境をつくり出していたりします。
大自然の姿を一瞬のうちに ぎゅっ と凝縮したかのような町家の庭は 「天然の自然」 ではなく、いわば 「人工の自然」 ゆえ、人の手でカタチをつくってあげなければたちまち好き放題暴れて収拾つかなくなってしまうことも珍しくなく、庭石ひとつにしたってちゃんとそこに存在する意味があり、ちょっと水を打つだけで嬉しそうな表情を垣間見せるものなのです。
建物も庭も生きて呼吸をしているのですから、そっと耳を澄ませば何かを語りかけてくるはず。 少なくとも、御当主の手を離れて一年あまりが過ぎた長江家住宅から聞こえてくるのは ちいさな悲鳴 のように思えてなりません。 きっと、その声なき声が新たな所有者の耳に過たず届いた時に、本当の意味で、この街の文化が次の世代へと受け継がれるのではないでしょうか。
 

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