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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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04月01日(水)

京都市美術館

前々から、ずっと気になっていた場所があります。

1933年(昭和8年)に開館した京都市美術館は、国内に現存する公立の美術館としては最古の建物で、建てられた当時ほぼそのままの状態で大切に使われています。
一般的には 「帝冠様式」 と呼ばれる、日本趣味の要素を取入れた外観のデザインが注目されているようですが、個人的には、東西南北それぞれにエントランスがつくられている空間構成に関心があり、メインとなる、ひと際豪華なつくりの西側エントランスだけにとどまらず、反対方向にあたる東側は、明治の頃から親しまれている七代目小川治兵衛作庭の日本庭園に、南側は琵琶湖から引かれた疎水に開かれていたり といった具合に、周囲の風景に対してぐるり扉が開かれることで、とかく重苦しくなりがちな美術館の雰囲気を幾らかでも払拭しよう、それよりも、市民に身近な文化施設でありたいという、当時としては先進的な試み、いえ、ただただ純粋に、建物に対して夢やロマンがこめられていたように思えて仕方がありません。

四方には、それぞれエントランスを設けるだけでなく、そこにめいめい階段室を備え、2階にも直接アクセスできるようにすることによって、異なる複数の企画展を同時に、しかも立体的に開催できるという、大胆不敵な構想が脳裏をよぎるのです。 ところが、エントランスとして機能しているのは 西側ひとつっきり なのが悲しいけれど現実で、あの東山を借景とした日本庭園も、サクラの花咲く樹々に縁取られた疎水にも、扉は重く閉ざされたまま使われるのが常のようでした。
だから、展示室を巡っているとふいに憂鬱そうな横顔みせる閉ざされたエントランスホールでは、本来そこから自然に導かれるはずの階段も柵によって否応なく閉ざされて、遥か上方から音もなく降り注ぐ自然の光につつまれた、どうしようもなく美しい螺旋状の階段に身を置くことすらもままならない。 展示内容や動線、会場の管理のことを考えると、エントランスも階段も一箇所だけにして、単純で分かりやすくするほうが、無難で堅実な方策ではあります。
それでもごくごく稀に、閉ざされた扉に一石を投じようじゃないかという、いささか無謀な企画者もいらっしゃるとみえて、重い扉が開かれ、柵が取り払われることもありますから、そんな時こそ、機会を逃さず、何はさておいても出掛けなければいけません。

とりわけ好きなのは、日がな一日親子連れなどが気兼ねなく過ごすことのできる、すこぶる日当たりのよい、疎水に面した南側ひろばに開かれたエントランスです。 こちらは、どこか肩の力が抜けた、化粧っ気のない素顔の素敵さが魅力で、開館当時の写真によると、手前にはほんとに吹き出してしまいそうなくらい、猫の額ほどの愛らしい池がささやかなチャームポイントとなり、そこに四箇所ほど水の注ぎ口が設けられ、ちょぼちょぼと水面に平和な風景を描き出していたらしく(※ 現在池はなく芝生が植えられて、石でできた注ぎ口のみ ぽつん と残されています。)、ことさら建造物に威厳が求められたであろう時代のさなか、市民に少しでもこころ安らぐ場を残したいのだという、設計者の声なき声が聞こえてきそうな気さえします。
扉の向こうには、かつての水音にそっと耳を澄ましているかのように、長らく使われていないチケット売り場が当時そのままの姿で残され、その手前には縦長の大きな窓が自然光を落とす、地下室への階段があるのでした。

京都市美術館 南地下室

エントランス下の地下空間は、展示室にあてられたのではなく、下足(下駄)を預かるための空間として設計されたものと想像されます。 確か、どこかでそんな話を聞いたような記憶があるのです。
美術館が開館した昭和初期当時は、まだ着物を普段着(あるいは外出着)にしていた人たちも多かったはずで、こと京都の場合、市役所本庁舎の古めかしい、さも靴音がこつこつ響きそうな中廊下にも、冗談ではなく真面目に 「下駄履きの方は受付で…」 といった注意書きがあったくらいですから、大勢の人が訪れ、かつ静寂さが求められる美術館では、下駄を預け、上履きに履き替えてから入館するという行為は一種のエチケットで、ちっとも不思議な話ではありません。
地下室といっても、決してむさ苦しいような場所ではなく、簡素でありながら洗練された潔さが、かえって設計者の偽らざる素顔をちらりと垣間見せてくれる。 むしろ、闇のなかに差し込む自然光のグラデーションが際立つ結果になり、空間そのものが カタチなき作品 いう解釈だってできてしまうくらいです。

南側エントランス(および北側エントランス)の正面には、内緒の贈り物として周到に計画されたとしか表現しようのない奥の中庭に、円形にせり出すように螺旋を描く、ゆるやかな階段が設けられてあります。 豪華さという点においては、西側のメインエントランス中央にどっしりと構える階段に劣るやもしれませんが、空間そのものが醸し出す本質的な美しさにおいては、それを遥かに凌ぐ、館内で最も魅力的な場所であるといえます。
世界でも洗練された、簡素で実用性の高い木造建築物の長い歴史を有する日本でも、こと階段については到底西欧のレベルに及ばないのが実情で、どうも、水平方向へのつながりに秀でる日本の空間に対し、垂直方向へと延びてゆく西欧の空間にはまた格別な魅力があり、階段はその最たる存在なのです。
それがどうでしょう。 日本人による設計のこの建物の、しかも、普段は使われていない階段は、北向きのやわらかな自然光にやさしく導かれるように、一歩一歩踏みしめる足も軽やかに、どっしりとした石張りの手すりはどこまでも頼もしく、うねりつつ伸び、2階で円弧を描きながら出迎えるバルコニーと会話でもするかのように、ああ建物が生きているな と感じる。 このような経験は、アメリカ生まれの ヴォーリズ(William Merrell Vories) が生み出す階段以来の出来事で、こんなにも近くに人知れず、こんなにも素敵な場所があったことに、今更ながら驚いている自分がいるのでした。

京都市美術館 南階段
 

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