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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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06月16日(火)

シトロエン 2CV

アトリエから歩いて数分。 大徳寺への道すがら、閑静な住宅地の一角に、京町家を建て替えたと思しき品のよい、こじんまりとした木造のお宅があり、玄関先のちょっとしたスペースにさり気なく停められた一台のフランス製の大衆車が、どういうわけかこの街の雰囲気に不思議と調和して、太宰治の 「富士には月見草がよく似合う」 ではないけれど、実際、京の街にはこの異国の地で生まれた車のどこか古めかしく瀟洒でありながら、決してでしゃばらない控え目な姿が妙にしっくりと馴染んでしまうのでした。

最初にその車に出合った日のことは、今でもはっきりと憶えています。 あれは高校2年生の夏休みのこと。 自転車でアルバイト先に向かっている途中、道端のガソリンスタンドで偶然みかけた光景でした。
オイル交換でもしていたのか、整備のためガレージに入庫していた見知らぬ車の斜め後ろからのスタイルがまばゆいくらいに印象的で、とにかく、他人事ながら心配になるくらい異常に細いタイヤのシルエットと、もうほとんどブリキのおもちゃかと吹き出してしまうくらいにぺらぺらで直線的なトランクの後部ドアが、完璧なプロポーションと絶妙な角度とで織り成す造形美と、日本の侘び寂びとはちょっと違う、ほんのりと漂う詩的な雰囲気にたちまち魅了され、ほんの十秒足らずの出来事が、いつまでも色褪せることのない心の奥の深いところにしっかと焼きついたな と確信できる程に、はじめて本物のデザインというものを目の当たりにした、僕の人生のなかでもかけがえのない大切なひと時だったのです。
ただ、その当時はせいぜい 「どうも、日本車ではないようだぞ」 といった程度の浅はかな知識しかありませんでしたが、大学生の頃にたまたま雑誌でみつけたのが意中のあの車。 そこには シトロエン 2CV と記された、いかにもフランス車らしいカラフルな広告が掲載されてあり、 「これが、新車で購入できる最後の機会です!」 と。
記憶のなかには随分と昔の車のようなひなびた風情があったけれど、こんなにもめまぐるしく変化し続けるせわしない世のなかで、 まだまだ現役でつくられていた という事実にひどく驚き、遥か異国の地で生を受けた、嘘偽りのない板金のぺらぺらさ加減が醸し出す本当の機能美や造形美とは裏腹に、この国で恐ろしいくらいの量が消費されている新型車の、さして意味のない空虚なボディの向こうに見透かされるかのような、表面だけの薄っぺらな現実に、日常生活の前に立ちはだかる、文化という名の分厚い壁の存在を意識しないわけにはゆきませんでした。

シトロエンの2CVは、もともとフランスの農村で働く人たちのために、彼らにふさわしい、安価で実用性の高い車を(当時)最新の生産システムを使って提供したい との想いから、1930年代の後半頃に開発がスタートした、正真正銘、生粋の大衆車で、1949年から1990年までの40年以上にわたってかの国の人々に愛され、製造され続けるという、工業デザインとしての輝かしい経歴を有しております。
何しろ基本設計が1930年代ですから、日進月歩の自動社業界では、もはやれっきとしたクラシックカーに他ならず、次々と投入される新型車との競合を強いられるなかで大きな変更もないままに、発表当時は 「みにくいアヒルの子」 と揶揄された愛嬌あるスタイルを貫き、21世紀の今日に至っても、そのあたりの街角を平和にとことこ駆け抜けているのはなぜかというと、やっぱりそこに必要としている人がいて、その期待に応えたいというメーカー・トップの熱い情熱、加えてそれを支えた優れたエンジニアの存在。 この三つがぴったりと寄り添って、戦国大名・毛利元就のいうところの 三本の矢 のような効果を発揮していたからなのでしょう。

シトロエン 2CV

今でこそ2CVは、小奇麗な市街地で 「いい趣味してますね」 と声をかけたくなるような、洗練された紳士・淑女の皆さんがシフトチェンジも軽やかに、すいすい運転している垢抜けた印象がありますが、もともとはフランス各地の農家の労働負担を軽減し、日常の足としても利用できる庶民のための生活道具的存在だったはずです。
だから、背の高いおとなが四人と荷物がきちんと載せられて、場合によっては座席も取り外して積載スペースをたっぷり確保したり と融通が利き、昔の道路は未舗装路が普通でしたから、でこぼこ道でもとれたての卵や農作物が傷つかないしなやかな足まわりと、頑丈で故障の少ない、ご婦人でも始動が容易な、もちろん燃費のよいコンパクトなエンジンを搭載した、無駄のない、軽量で廉価な大衆車でなければなりませんでした。

時に、誇り高い優秀なエンジニアは、目の前の道のりが困難であればあるほど、どれほど意味のある仕事なのかを知れば知るほど、高い潜在能力を発揮するもので、機構が単純で信頼性の高い375ccのOHV水平対向空冷2気筒エンジンを可能な限り前方に搭載し(※ エンジンの排気量は、道路交通環境の変化に対応して何度か変更され、最終的に602ccまで拡大されました。)、最短距離で前輪を駆動することで、エンジン、駆動系、電気系までのすべてを一箇所にまとめて配置でき、ボンネットを開けると各種装備がひと目で確認可能にもなり、結果として整備性を高められるだけでなく、コンパクトな車体にかかわらず十分な乗車スペースと積載スペースを確保することにもつながるというメリットがあります。
車輪の緩衝装置は、軽量な車体の特徴を上手く活かしたもので、左右それぞれの前輪と後輪を連動させ、スリムなシャーシーの両脇に置かれた二つのサスペンション(ばね)を介して常に車体を水平に保つという、単純ながら大変興味深い機構が採用されていて、整備工場やガソリンスタンドであれば必ず用意されているリフトさえ使えるなら、下方からそのまま修理や調整が可能。 つまり、機械的な装置は限りなく単純に、かつボンネット内と車体の左右下部のみという、自動車を維持するためには欠かせない整備性を限りなく容易にしながら、構成するパーツ数がきわめて少ないため、故障のリスクを最小限に抑えることにもなり、消耗パーツもわずかで済みます。 しかも、複雑な機構や余計な装備がないため車体はすこぶる軽量、よって 燃費もよい というわけです。

2CVのユニークな点は、エンジンや足まわりを組み込んだシャーシー部と、構造的にも機能的にも完全に独立したユニットのような車室部、主にこの二つだけで構成されており、これらにボンネットやフェンダー、幌、シート、バンパー等の付属品が取り付けられると完成されるという(※ カラー展開も豊富です。)、どこか洋服に帽子や靴、カバンを組み合わせるような感覚に近いものがあって、ちょうど洋服を着こなすように、ライフスタイルにあわせて車を自分流にコーディネートして乗りこなす… といった具合に、車をひとつの文化にまで昇華させるだけの可能性を秘めている。 だから、基本設計の古さゆえ、ある種の不便さはあったにしろ、フランスという国で長きにわたって愛され続けてきたのではないでしょうか。
そもそも機械というのは、壊れてもきちんと修理さえすれば、いつまでも使い続けられるモノ(道具)で、かつては、つくり手も使い手も、暮らしのなかで当然のように大切に接していました。 これは、紛れもない文化です。
ところが、いつからか修理できるはずのモノを修理できない(あるいは修理しにくい)仕組みにして、消費して回転させることが、あたかも文化であるかのような流れを(誰かが意図的に)つくり出してしまうようになってしまいました。 けれども、それは文化ではなく、単なる浪費にすぎません。
日本の伝統的な木造住宅も、修理しながら使い続けられるという意味では、日々の暮らしに欠かせないモノ(道具)といってみても差し支えないのではないかと思っています。 実際、当たり前に建てられた庶民の住宅でも、きちんと接すれば100年は十分住み続けることができます。 そんな建物も一軒、また一軒と消え去りつつあるこの街で、あの古めかしいフランス製の大衆車が、こじんまりとしたお宅の玄関先に停められているのを、ごく稀にぱたぱたと駆け抜けてゆく限りなくのどかな光景を見かけると、なぜかほっとするのです。 ああ、ここにはまだ文化があるのだと。
 

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