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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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09月01日(木)

旧明倫小学校

室町通りを四条から少し上がった、かつての京の呉服問屋が建ち並ぶ鉾町に位置する 明倫(めいりん)小学校 をはじめて訪れたのは、10年以上も前の話。 廃校になって間もなくの頃、現在の 京都芸術センター に改修される以前のことでした。
その時は、そのままの学校の姿で、教室を会場に、ある作家さんが映像作品を上映していたのでした。

おもての通りから、石で畳まれた路地を抜けると、そこは校舎に囲まれて、運動場 というよりも 校庭 と呼んだ方がしっくりと感じられるちいさなグラウンド(といっても、きっと、はじめて小学校にあがった新一年生には、とっても大きいに違いない)に一旦視界が開けてから、教室のある校舎に入ります。
確か会場の教室は3階だったのですが、そこまで緩やかな スロープ(斜路) を上って導かれたことが、いまだに強く印象に残っています。

旧明倫小学校のスロープ

上る(のぼる) というよりも 廻る(めぐる) という表現がふさわしい、まるで夢のような アプローチ(導入路) は、それこそ、はじめて登校した新一年生にとって、どれ程素敵な影響を与えた空間だろうかと、ちょっと想像するだけでも目がくらみそうです。

スロープは、単に体が移動するだけではなくて、遥か高いところから 丸やアーチ形の窓 から光が降りてきて、導かれるような不思議な感覚があるのですが、おそらく当時のほとんどの児童が、市街地の京町家のような住まいで経験している、 きわめて日本的な、庭や軒先を介して間接的に届く、斜め下からの儚(はかな)いような光を日常的に体感していたであろうことを想像すると、学校という、はじめて社会につながりを覚える世界が、いかに輝かしく彼らの瞳に映ったことでしょうか。

この小学校の卒業生は毎日、上を向いて育ったのだと想像します。

旧明倫小学校のスロープ

さて、教室に入ると、黒板や教壇がそのまま残っていて、そこから全てのクラスの子どもたち一人一人に先生の目がちゃんと行き届く、親密な、家庭の茶の間がクラスの単位にそのまんま拡張されたような、完全な空間がしつらえてありました。
そして、どこかまもられた雰囲気があるのは、頑丈で大きな柱が、短い間隔をおいて規則正しく並んでいて、それらに囲まれているからなのだ と気付くのです。

これまで 「鉄筋コンクリート造の校舎は固くて冷たい」 といった印象がありましたが、この昭和初期に建てられた校舎には、市街地に建つためには欠かせない耐火性能と、100年、200年びくともしないぞ という、地域の皆さんの心意気(地元の寄付金で建設された公立の小学校なのです)と、手間隙を惜しまない、当時のつくり手たち一人一人の温もりが、どこか あたたかな安心感 を抱かせるのだと思います。

頑丈な柱の間にはめこまれたガラス窓から外を覗くと、先程通ってきた校庭で、すっかり成長した卒業生と思われる皆さんが、テニスに興じておられました。
その間の距離が思いのほか近いと気付いたのは、たぶん僕の思い違いではなくて、校舎のすべても、上を向いて育ってきた地域の人たちも、この地にしっかりとつながっているからに違いないのだ と、素直にそう感じたのです。
 

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