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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
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06月01日(日)

はんなちゃんがめをさましたら

エリック・サティ(Erick Satie) 作曲の 「ジムノペディ第1番」 を、可視化したかのような絵本があります。

はんなちゃんがめをさましたら
「はんなちゃんがめをさましたら」 酒井駒子 作 
(偕成社)

ひらがなだけの単純な文章で綴られた、どこか詩的な響きの親しみやすい語り口だからでしょうか。
どうやら 幼児向けの図書 という位置づけもあってか、そもそもが大人でも楽しめる落ち着いた色調の作品を、もっと明るい印象になるよう出版社が装丁をアレンジしてしまったらしく、作者の描く世界観とはいささかかけ離れたとも受け取られかねない、何とも悩ましい表紙デザインのように思えるのです。 表紙は、絵本の世界への入り口なのに…。
それでも、絵本を手にとってひとたびページをめくると、たちまち誰もが 酒井駒子の世界 へと引き込まれてしまうに違いありません。 なぜなら、ことばと絵だけがつくり得る 格別な楽しさ が、この絵本には籠められているのですから。

これは、 はんな という名前の女の子と、 チロ という猫との、ある一夜の出来事を、作者が深い深い記憶の奥底から丁寧に摘み取って一編の物語に紡ぎ上げたかのような、いわば 日常の中の非日常 というべき作品です。
そのストーリーが単調であればあるほど、ジムノペディのような、ある種音楽的心地よさをつくり出して、はんなちゃんとチロの何気ない所作が、彼女たちに対するあたたかな眼差しと確かな描写力でもって、余すところなく表現されています。
はんなちゃんは2歳か、せいぜい3歳くらいでしょうか。 一方、猫のチロはずっとずっと年上のようです。
きっと、はんなちゃんがこの家に生まれる以前からチロは家族の一員で、はんなちゃんを自分の娘のように思っているのではないでしょうか。 真夜中でも片時もそばを離れないで、いつも一緒にいるのは、はんなちゃんを護ってあげているからなのでは…。
そんな理由があるのだということを、ほかの誰でもない、絵がそう教えてくれているような気がするのです。
けれども、はんなちゃんはこれからどんどん成長して、じき幼稚園に行くでしょうし、ほかにお友達もいっぱいできるでしょうから、チロが母親としてそばにいてあげられる時間は限られているはず。 そんな、かけがえのないひとときを、作者はこの絵本を通して描いてみたかったのかもしれませんね。
それにしても、なぜこの瞬間をつかまえることができたのか と、不思議に感じてしまうくらいに絶妙な年齢設定です。

この先、もう二度とやってくることのない、あまりにも美しく、はかない一夜の出来事を描くために、くすんだセピア色にセルリアン・ブルーを ささっ と刷毛引きしたような、酒井駒子ならではの 「青の世界」 が表現されています。
深い深ーい夜が夜明けに向かって、次第に青から白へと変化してゆく緩やかな時の流れが、半ページの絵と見開きページの絵の繰り返し、それに独特の語り口との組み合わせによって、あたかもバロック音楽の通奏低音のような役割を果たしているように思えてきます。

2012年の末、はじめて日本版が発表された翌年に、英訳版として刊行したニュージ-ランドの出版社が、オリジナルを忠実に再現しながらも、あえて表紙のデザインだけを変更したのは、表紙はやっぱり絵本の入り口で、物語の扉の向こう側のまだ知らぬ世界を垣間見せてくれる大切な役目があることを、ちゃんと理解していたからなのかな などと想像するのです。 絵本に携わる者として、それだけは譲れなかったのかな と。
だから、いつの日か、作者が綴った美しい日本語のまま、表紙のデザインだけ逆輸入してもらえると、どんなに素晴らしい絵本が出来上がるだろうかと、こころひそかに願っているところです。

Hannah's Night
「Hannah’s Night」  酒井駒子 作 
(GECKO PRESS)
 

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Comment


    
 

酒井駒子さん

よるくまもよるクマクリスマスの前のよるも大好きで繰り返し読み返しています。
取り上げられている、絵本のセレクトはどれも、素敵ですね。

私は、つい最近は、バルバルさんという絵本に出会い。
主人公の様な、心優しい人になりたいなぁーと大人ながらに思いました。

 

Re: 酒井駒子さん

絵本大好き 様。
酒井駒子は、チャンスがあれば是非とも原画をみてみたい作家さんの一人です。
「バルバルさん」は、もともとそんなに絵本に詳しくないこともあって、ちっとも知りませんでした。
本屋さんにあったら手にとってみます。ありがとうございました。