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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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03月07日(火)

神戸女学院 講堂

周囲はどこにでもあるような住宅街なのに、桜並木が続くあの坂道の向こう側だけは、ずっと変わらずあり続けています。 きっと、この先いつまでも。

堂々とした正門の正面に、これまた堂々とした校舎がどんと腰据えた立派な学校は、世のなかに数え切れないくらい存在するかもしれませんが、神戸女学院のここにしかない、この場所だけの持つどこか懐かしい感覚は、ふんわりと盛り上がった西宮の丘の麓の、深い深い緑のなか、ぽつんと開いた坂道の先の愛らしい正門をくぐってみれば、どなたもご理解いただけることでありましょう。
控えめな正門のアーチをくぐると、いよいよ緑は濃く、しばらく歩かねば建物すら視界に入ることはない、樹間の長い長いアプローチ。

確かこの丘は、どなたかのお屋敷が建つ広大な敷地だったものを、1933年(昭和8年)、神戸異人館街の一角から移転した女学院の新たなキャンパスとして、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories)の設計によって生まれ変わり、以後80年以上にわたって大切に使われ続けています。 その長い時間と記憶の蓄積は、もともと自生していた樹木も、お屋敷として使われていた頃に植えられたであろう樹木も、校舎建設と共に植えられた樹木までもがすくすくと成長し、何もかもがすっかり馴染んでしまって、そんななか、丘の中腹のぽっかり開けたささやかな平地に安住の場を得たかのように、さも居心地よさそに収まった音楽館が、清楚な微笑でもって学生たちを迎えてくださる。
その脇から、ちょうど人がすれ違えるくらいの程よい道幅の階段や坂道を、てくてくと歩くうちに、ざわざわしていたこころも知らず知らず落ち着いて、ふと気づくと丘のてっぺんの、中庭囲うようにして建てられた四つの校舎へとたどり着くのでした。
丘のてっぺん といっても、パルテノン神殿のように威風堂々、建物むき出しというわけではなく、丘の尾根筋に沿って割合素直に配されて、のびのびと枝葉をひろげた、もう元からあったのか、お屋敷の頃からなのか、あるいはそれ以降なのかすらも判然としない樹々たちと同じくらい、すっかりこの地に溶け込んで、古いとか新しいなどといった概念すらも通り越し、振り向けば 「あっ、そこにいたのですね」 といったさり気なさで、クリィ-ミースタッコ壁に手焼きのスクラッチタイルを組み合わせたヴォーリズ特有のあたたかみのある校舎が、ただただ変わらずそこにある。 そっと見守られている時の何ともいえない幸福感 とでも表現したらよろしいでしょうか。

神戸女学院は、キリスト教信仰に基づいたリベラルアーツ・カレッジを実践する学校ですから、数多くの学部を有する総合大学のように大規模なものではありません。 それでも、中高部から大学までの幅広い年齢層の女子学生のための学び舎ともなれば、随分と立派な規模ではあります。 なのに、ほかの大学のように巨大で、一種の威圧感を与えることなど皆無です。
それは、ヴォーリズによって設計された校舎や宿舎が、丘陵地の地形にふさわしいサイズに分節され、おのおのの用途や機能にあわせ適度な距離感で配されているからに他なりません。 主要な校舎の幾つかは回廊によって結ばれていて、どこか修道院のような雰囲気が漂っています。
校舎の中廊下は行き止まりになることなく、適度に折れ曲がりつつ、緑濃い樹々のなかを縫うように回廊を介してつながっています。 そこはアプローチの坂道同様、かなりの長さがあるにもかかわらず、決して単調になることなく、肝心な場所にはアーチの窓や出入り口があって、ひとつとして同じではない多彩な風景を、まるで絵画のように切り取ってみせてくれるのです。 それは幻想などではなく、扉を開けて踏み出せば美しい風景の一部になることだって許される。 どこをとっても均等ではない、あなただけの大切な居場所が、どこかに必ず用意されているはずなのですから。

数多い扉の向こう側の風景のなかでも、とりわけまばゆい場所に中庭が挙げられます。
街の喧騒から深い樹々によって護られたキャンパス、さらに四つの校舎によって護られる という入れ子状の、芝生敷きの中庭を取り巻く長円形の散策路。 その中心にはささやかながら噴水とベンチがしつらえてあって、ひろびろした空間に身をゆだねるだけで何だか気持ちがすっとする。 それでいて、なぜかしっくりとした居心地のよさも残されています。 すべてが度を越さない。 こんなのを ヒューマン・スケール とでもいうのでしょうか。
実際、校舎へと続く坂道も、回廊も、中廊下も、ゆったりとした階段も、講義室も、どれもが必ず、人が心地よいと感じる適度なスケールに保たれています。 それでも、アーチ窓の向こう側には、深い緑やぬくもりのある校舎たちがちらりと横顔みせて、なにかしら視界が開けていたりするものですから、ちっとも窮屈に感じることはありません。 ほの暗い木陰や中廊下があるからこそ、中庭の芝生や噴水がひと際きらきらと輝いて目に映る。
しかし、クラス単位の比較的少人数であればこそ、心地よいヒューマン・スケールが成り立つわけですが、学校であれば当然、全学生が集まるような大空間も必要になるはずです。 そんな大空間を、ヴォーリズはどのようにして設計したのでしょう。

中庭を取り囲む校舎のひとつに総務館があります。 この建物はキャンパスの中枢機関にあたり、配置計画全体においても要の位置に相当しますが、同時に学生たちにとっても想い出深い特別な空間になっているのです。 総務館には、事務関連の部屋とは中廊下を隔ててチャペルと講堂が配されてあり、大学側、中高部側のどちらからも回廊を使って容易にアクセスできるよう考えられています。
チャペルは、純粋に祈りのための空間で、規模はちいさいものの、片側だけに設けられた側廊とその上部に穿たれた乳白ガラス製(※ おそらく)のアーチ窓からは、すーっと西日が差し込んで、ひんやりとした空気をあたたかくも神々しい、黄色い光へと染めてしまいます。 あたかも森のなかにぽつんと建てられたかのように、包み込まれるような小空間は、クラス単位での礼拝を想定して設計されたものなのでありましょう。
一方で、チャペルに隣接する講堂は、学院内でも(体育館を別にすれば)最も大きな空間になります。 床面積はチャペルの6倍くらいになるでしょうか。 専用のホワイエ(ロビー)、プロセニアム・アーチに縁取られたステージと各所に組み込まれたスチーム暖房設備(※ 現在は冷暖房空調機)、それに、二階席も備えた劇場にも劣らぬ立派な仕様は、全学生による礼拝や式典、講演等、多目的に利用されているものと思われます。

神戸女学院 講堂

講堂の壁は、一見したところ石を積み上げたように思われがちですが、少なくとも室内に石材は使われておりません。
誰かに指摘されないとなかなか気づかない仕上がりは、実のところ、天然自然の石ではなく左官職人の腕前によるもので、鉄筋コンクリートの構造体に、地元で調達できる良質の砂を応用した左官材でもって、手作業で石を積んだかのような表情にしているのだそうです。 石積みの目地だけでなく、表面の微妙な凹凸まで表現し、ベージュ系の塗装で仕上げてあるとのこと。
そのように説明しただけでは、あるいは安直なコピーのように受け止められるやもしれません。 本物を使わず、楽して誤魔化しているのだろうか… といった具合に。 けれども、それは間違っています。

教会など、西欧の伝統的な建造物には石を積み上げて構築された、重厚なイメージがあります。 それはそれで事実に違いありません。 ただし、そのような事例は、その土地に材料となるだけの石材がふんだんに調達できる環境にあってこそのお話です。 石が調達できない土地では、レンガ積みによる建物が発達したでしょうし、森林に恵まれた日本には、高度な木造建築の文化があるのです。
もちろん、莫大な財力をもってすれば、石に恵まれない土地でもはるばる遠方から運び込むことで、石を随所に使った校舎を実現することは可能でしょう。 ただ、神戸女学院の建設資金は、尊い募金によって得られたのだと聞いています。 贅沢な建物を好まなかったヴォーリズは、教育のための施設には何よりも品性が大切と考えていた人ですから、ほとんど石を用いなかったのもうなずけます。
そこで、モルタルやコンクリートのような、簡単に調達可能で安価な左官材をふんだんに用い、そのかわり、思う存分人の手を掛け、技術の限りを尽くしたのです。 当時、日本の左官技術は世界一の水準にあったらしく、ヴォーリズは西欧のよいところだけにとらわれず、日本のよいところにもきちんと目を向ける、柔軟な考え方ができる人物だったのでしょう。

それにしても、講堂のひろさと存在意義は学院内でも別格ですから、壁や柱の造作すべてを左官仕事だけでやりきってしまうなんて、とても尋常の沙汰ではありません。 一人や二人の職人で間に合うような規模ではないのは明らかで、限られた工期のなか、かなりの数の職人が高いレベルでもって、一糸乱れぬ行動をする必要があるわけですから、当の職人たちも内心は不安で仕方がなかったのではないでしょうか。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、未知なる仕事に対する前向きな姿勢と、困難に直面しても挫けない誇り高い職人魂がむくむくと頭をもたげ、 「腕が鳴るぜ」 などと粋なセリフすら飛び出したとしても、当然といえば当然です。 何しろ世界一の技術なのですから。
(専門の建築教育を経ていない)ヴォーリズのデザインは西欧の伝統だけでなく、日本からの影響も臆せず取り込んで、単なる他所からの借り物ではない、この場所でしか成し得ない、この場所のために捧げらたかのような素直で柔軟な発想に満ち溢れていました。 一見すると西欧的なまとめ方のようであっても、窓下にさり気なく波の模様を取り込んであったり、ふくよかなカーブを描くヴォールト天井はよくみると網代模様になっていたりで、さすがの職人たちも、こころのなかでは 「してやられたな」 などとつぶやいていたかもしれません。

講堂にもチャペルとまったく同じ、乳白色の特別な型板ガラスが用いられていますが、そこから導かれる光の様相は驚くほどに異なっています。 色がついていないステンドグラス と説明すればよいのでしょうか。 透明のガラスであれば、外光はほぼそのまま差し込むのに対し、どうも、乳白ガラスを透過する光は色温度の差によって色彩が変化するらしいのです。
講堂の北側にある縦長の大きなアーチ窓からの光は、(季節や時刻等によって異なるのかもしれませんが)僕の目にはほの白く、やわらかに映りました(※ 左右対称プランの講堂のアーチ窓は、北側と南側にそれぞれ設けられていますが、南側の窓は中廊下に接しており、間接光を取り入れているため、メインの採光は北側からとなります)
清浄な明かりによってほんのり照らされた室内は、重厚な石積みの建物とはやっぱりどこか違っていて、不思議と軽みすら感じさせる、ほんのりあたたかな空間だったのです。 それは人のスケールではなく、人の手による、あたたかな質感からつくり出された、どこか人間的な手技のにおいがしていました。
 

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Comment


    
 

No Title

神戸女学院にゆかりのある者です。
学院の雰囲気を非常に的確に表現してくださり、ありがとうございます。日々、このヴォーリズの構築したあたたかい空間で過ごせることの喜びを、改めて感じさせていただきました。

 

Re: No Title

1995年の震災で一部の宣教師住宅と中庭を持つ美しい寄宿舎が倒壊してしまったのが悔やまれますが、学院の皆様が本当に大切に接してこられた素晴らしいキャンパスだと思います。
理学館2階の円形にせり出した階段教室で授業を受けられたのでしょうか。うらやましい限りです。