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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
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05月16日(火)

旧グッゲンハイム邸

車では分からないかもしれませんが、オートバイに乗って京都から神戸方面へ向かっていると、武庫川に架かる橋を渡り西宮に入ったとたん 「おやっ」 と思うくらい、同じ関西でも明らかに空気の質が変わります。 目にもみえないし、地図にも記載できないけれど、頬っぺただけが知っている。 どこかほんわかゆるーいこの空気の違いを、瀬戸内で生まれ育った僕が気づかないはずはありませんから。

神戸の市街地を過ぎてしばらく西に行くと、どこまでもおだやかな海とやさしい起伏の山々に抱かれた、塩屋という町にたどり着きます。
もともと神戸に住む外国人の別荘地として明治のはじめ頃に開発された塩屋は、きらきらと輝く水面が手を伸ばせば届きそうなくらい近くにあって、町全体があまねくうららかな陽射しを受け、しかも、どこかしら瀬戸内の人たちに共通するのんびりとした性格も手伝って、ぽつぽつと洒落た西洋館が顔みせていても、これっぽっちも気取った感じがなく、商店や住宅などが肩寄せ合い、こじんまりと並んだ庶民的なやさしさあふれる独特の風景と不思議な調和を保ちながら、今なおその魅力を失わずにいるのでした。 そんななかにひときわ、この地にしっくりと馴染んだ西洋館がたたずんでいます。

旧グッゲンハイム邸は、1909年(明治42年)にドイツ系貿易商だったグッゲンハイムさんの住まいとして建てられたそうですから、今やこの町ではすっかり長老格。 でも、 長老 などと表現しては失礼かもしれません。 どこかしら品のよいご婦人の姿を彷彿とさせる、それは素敵な建物なのですから。
ほんのり薄化粧といった面持ちの貴婦人(建物)は、英国人建築家を父として生を受けた生粋の西洋館です。 したがって、玄関で靴を脱ぐといった作法はなく、天井高3.3mは余裕であろうかと思われる豊かな空間に、しゃきんと背筋伸ばして椅子に腰掛け食事をし、そばにはあたたかな炎がゆらめく暖炉があって、その上にはお約束の肖像画や風景画がうやうやしく飾られる。 応接室の出窓状にせり出したとっておきのコーナーには、その場にふさわしく流麗なピアノが、さも居心地よさそに据えてあったりすものですから、ちょっとした音楽会を兼ねたホームパーティーやサロンなど、在りし日の暮らしの情景が目に浮かぶようです。

そんな風に説明すると、なんだか別世界のことのように思われるやもしれませんが、ちっともそんなことはありません。 それどころか、旧グッゲンハイム邸は地域の人たちに愛され親しまれる、かけがえのない存在になっているといってもよいくらいです。 どうしてなのでしょう。 そのひみつは、どうも バルコニー に隠されているように思われます。

旧グッゲンハイム邸

2階建ての旧グッゲンハイム邸は、1階にも、2階にも、南側(つまり瀬戸内海に面した方向)がほぼ全面バルコニー状になっていて、反対方向の北側にも一部ですが、やはり同じ仕様のバルコニーがあります。
これを専門家の人たちは、ついついしたり顔で 「コロニアル様式だね」 などと表現しがちです。 けれども、そんなこといわれたって普通、分からないにきまっていますし、そうそう、様式、様式などと声高に叫ばなくっても 「日本の建物でいうところの 縁側 がバルコニーにあたる存在で、縁側をめぐらせたかのような気持ちのよい住まい」 とでも説明するほうが、よっぽどこの住宅本来の飾らぬ雰囲気をお伝えできるのではないでしょうか。

頂部に控えめなアーチをあしらい、心持ち抑揚を与えられた木製の柱が軽やかに旋律奏でるバルコニーは、2階にはガラス窓が入れられ (※ もともとガラス窓はなく、所有者が日本人に替わってから付け加えられたとも考えられます)、冬の季節は絶好の陽だまりの場になるに違いないのですから、これはもう、まるっきり縁側ですし、1階のテラス風バルコニーは、芝生の庭に開放された濡れ縁そのもの… という具合に、外部でもなければ内部でもない、あいまいな中間領域が存在することで、住み手も来客も意識するでもなく、ふとした拍子に ふらり とバルコニーへ足を運んでしまう。 これだけで、がぜん暮らしの豊かさ、親しみやすさが違ってくるはずです。

庭との関係があって、はじめて成り立つ日本の伝統的な縁側空間は、当然のように庭に近しい間柄である1階部分に限られることになりますが、どうやら旧グッゲンハイム邸に限って、その図式はあてはまりそうにありません。 なぜなら、広大な瀬戸内海の風景を 第二の庭 と見立て、2階にも縁側を成立させてしまったのですから。
高温多湿な気候のなかでの住まいを前提に考案されたコロニアル様式の建物を参考に、日本の伝統的な 縁側のひみつ に気づいた(であろう)一人の英国人建築家が試みた、塩屋というほんわかゆるーい場所のためにつくられた西洋館は、1世紀あまりの時を超え、地域の人々に愛され慈しまれて、控えめな輝き失わず、この町の風景を支え続けてゆくことでしょう。
 

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