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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
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12月16日(火)

インチ・バイ・インチ

子どもの頃、尺取虫を偶然みつけてじっと見入っていたことがありましたっけ。
幼心にも 「なんてちいさな虫なんだろう」 と思ったくらいですから、よっぽど目立たない存在だったのでしょう。 むろん、その当時、このちいさな虫を大真面目に絵本として描いていた おとな がいることなど、知る由もありませんでしたが。

レオ・レオニ(Leo Lionni) によって1960年に発表された絵本 「インチ・バイ・インチ(※ Inch by Inch: 少しずつ といった意味です。 谷川俊太郎の翻訳による日本語版では 「ひとあしひとあし」 となっています。)」 は、彼が絵本作家としてデビューした翌年の作品です。 だからでしょうか、まだまだ荒削りで派手さもなく、お世辞にも愛らしいキャラクターとはいいがたい、しかも、ほんの豆粒ほどのそれはちいさな尺取虫が登場するお話なものですから、そんなに脚光を浴びるような要素は無いに等しい! と断言してみても、あながち的外れではないのかもしれません。
それでも僕には、後年に登場する完成度の高い、美しくてチャーミングな彼の作品たちよりもむしろ、初期の地味な作品のほうが、美しい光を放っているように思えることが確かにあるのです。 そう、あのギリシャ神話に登場するパンドラの箱。 開けてはならない箱を開けてしまったばかりに、ありとあらゆる災いが世界を覆いつくすなか、箱の片隅には けし粒 ほどのちっぽけな光る石が残っていて、そこにかすかに 「希望」 という文字が書かれていた。 その輝きにたとえてもよくらいに。

Inch by Inch
「Inch by Inch」 レオ・レオニ(Leo Lionni) 作  (HarperCollinsPublishers)


ご承知の通り、とにかく尺取虫はちいさいですから、彼の行動できる範囲は人間の感覚からすれば、きわめて狭い世界のはずです。 この限られた生活圏に割合素直に入り込むことのできた、世にも稀な おとな であったレオ・レオニは、尺取虫の体感できるスケールで絵を描くことに成功しています。
ここでは、あのちいさなコマドリですら、まるで像みたいに大きいですし、キジなんかは、とてもとても画面に収まりきれません。 オオハシにいたっては、もう顔だけで画面いっぱいいっぱいなのです。 けれども、そんな収集がつかないくらいのちいさな虫たちの世界観を、作者は見事な構図でもって、迷うことなく、真っ白い画用紙に切り取って描いてみせてくれるのでした。
絵本にまだ不慣れだったことがここでは幸いして、少々ぎこちない技巧がかえって真実を伝えることにもなり得た。
この絵本で僕たちは、なんてことない雑草や、小枝や葉っぱたちにも驚くほど多彩な表情があることに気づかされます。 無表情に描かれた尺取虫は、潔いくらいに省略された背景の余白と、表情豊かな植物たちに囲まれ、不思議と輝いて僕の目に映る。

これらちいさな生き物たちの行動を、抜かりなく教育論に置き換えて、子どもたちにおしつけたがる、節操のない おとなたち が世のなかにいることは知っています。 しかし、作者のレオ・レオニがそんなつもりで絵本をつくっていたとは、僕には到底考えられないのです。 そんな聞き分けのよい人が誰も見向きもしない、ほとほと効率の悪い虫に焦点をあてるはずなどないのですから。
彼はただ純粋に、自身の芸術的欲求にしたがってちいさな世界を表現しただけなのです。 そこには思いがけずひろびろとした世界が開けていることを、絵本を通して子どもたちに伝えたかったのだと。
 

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