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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
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08月06日(日)

千本釈迦堂

鎌倉時代初期に建立され、応仁の乱をはじめ、数多の大火にも焼け落ちることなく、奇跡的に創建当時の姿をとどめる洛中最古の建造物。 もちろん国宝です。 この夢のようなお寺があるのは、きぬかけの路でも、哲学の道でも、ねねの道でもありません。
五辻(いつつじ)通り という、西陣と呼ばれる地域の、ごくごくありふれたつましい街並みの間を分け入ったか細い参道の奥にぽっかりと開く、ほんにささやかな境内のいちばん奥に、これまたひっそりと静かにたたずむ本堂がそうだよ といわれても、大胆でも、荘厳でも、きらびやかでもないその姿に 「なあんだ」 と、さしものあなたも拍子抜けして、妙にしゃちこばっていた肩の力がすっかり抜け、いつもの素直なあなたのまま、洛中最古のこじんまりした 素顔のお寺さん に接することができるでしょう。 千本釈迦堂は、そんな気負いのないお寺なのですから。

お寺の象徴である堂塔に威厳をもたせ、立派にみせるためには、やはり、何を差し置いても 屋根を強調させる必要がある といわなくてはなりません。
おおきな建物であれば尚のこと、当然ながら、前に立つ人の目線は随分と低い位置から見上げる格好になります。 そこで、かなり急勾配の巨大な屋根をどっしりと重石のように載せることで、てこでも動かないような安定感と、深い軒の水平ラインによる陰影が得もいわれぬ安心感を与え、それでも無骨になってしまっては元も子もありゃしませんから、おしまい、入念に てり・むくり と呼ばれる微妙な曲面を授けることでようやく、森林に恵まれ、しっとりしたこの国の気候風土にぴったり適した、荘厳な木造のお堂が成立する というわけです。

ところが、千本釈迦堂の本堂ときたら、平安時代の貴族たちの住宅を髣髴とさせる和様建築を伝える、とことん洗練された様式美ゆえ、 「威厳なんて、わたくしどもには関係ございません」 とでもいい出しかねないくらい、それはそれは優雅な物腰で、しかも桧皮葺きの屋根勾配が殊のほかゆるやかに、おまけに端っこが上品に ちょん と跳ね上がっているために、本当は随分と立派な建物のはずなのに、肝心の屋根がほとんど視界に入らず、これっぽっちも威張った感じがしません。
本来ならば、足元にたたえる池を鏡にみたて、その麗しき姿を映してこそしかるべき装い。 にもかかわらず、池はもとより、入念に刈り込まれた庭木も、苔も、飛び石すらもなく、ちいさな山門から伸びるたった一本の石畳と砂利を敷いただけの気取らない境内の奥にもったいぶらず、ふわり本堂が降り立っているのは、拝観料に頼らず、どなたも気軽に訪れてほしいからなのでしょう。
だからこそ僕も、あえてマイバッグ片手に近くのスーパーマーケットに買い物行くくらいの気さくさで、ふらりこの場所を訪ねるのを常とする。

すっかり擦り切れ、からだに馴染んだジーンズとスニーカー履いて、足取りも軽やかに訪ねる千本釈迦堂は、山門のある南側の参道からではなく、あえて遠回りしてでも、西側のちいさな町家たちが仲睦まじく肩寄せ合って居並ぶなかをそーっと抜け、決まってムクノキの大樹のそばの、何てことない通用門からお邪魔することにさせていただいております。
砂利敷きの境内で、しかも山門すら潜らないなんて、何だかつまらないように思われるかもしれませんが、正面からでは気づかず見落としてしまう、本堂の横顔ごしに眺める釈迦堂の境内ほど不思議な調和を保った景色は、これに代わるものがないくらい、どんな名勝庭園にも劣らぬ魅力に満ち満ちていたりするものなのです。

千本釈迦堂

千本釈迦堂の白眉 と断言しても差し支えない阿亀(おかめ)多福像は、わが国古来から美人の定義には欠かせない、ふっくらした頬の瓜実顔に、伏目がちに静かな微笑み浮かべていて、そんな慎み深い阿亀さんを、阿亀桜の深い深い緑の葉が涼しげな木陰をつくりつつ、さながらお姫さま隠す御簾(みす)のように、おしとやかに枝垂れ覆ってくださる。
その隣には、石塔やちいさなお堂が適度に朽ちながら、それでもしっかと大地に腰据えて、色とりどりの地味な木々たちに紛れつつ、阿亀さんとおんなじように出しゃばらず、伏目がちに静かな微笑み浮かべて、行儀よく並んでいらっしゃる。

当代随一の庭師が作庭したとは到底思えない、てんでんばらばらな 阿亀さんたちの行列 は、愚直と嘲笑せられても弁解の余地もない一直線な石畳からちょっとだけ退いて、めいめいそれとなく居心地よい席を見い出している姿が、国宝の本堂にも負けないくらいほんわかとした空気をつくり出しています。 実際、阿亀像は、どんなに素敵な観音さまよりもこころ清らかな微笑み届けてくれ、阿亀桜は、どんなに名高い桜の木よりもあたたかで、包み込まれるような心地よさを届けてくれるかのようです。
だから、通用門から幾分引き気味に本堂の横顔眺めると、阿亀桜の向こうにお姫さまみたく阿亀さんがいて、さらにその横にお堂やら石塔やら雑多な木々たちが、ただ一列にのっぺりと居並ぶさまが、たぶん 世界中でここだけ のような気がして、じんわりとほのかな幸せ感じるのです。

ややもすると見落としてしまいそうなくらい木陰にひっそりと建つ、本堂からちょっと離れた、ちいさなお堂の古びたガラス窓の向こうには、あのこころ安らぐ、阿亀さんのお面をあしらった 御幣(ごへい) がずらり並んで微笑んでいる光景に出会います。
ご存知ない方もおられるかもしれませんが、関西あたりでは住宅を上棟する際、家も、そこで暮らし営む家族も、末永く 幸あれかし との願いを込めて、屋根裏に御幣をお祀りする慣習があり、その流れをさかのぼってゆくと、800年近くも昔、千本釈迦堂の本堂を手がけた棟梁と、その細君の阿亀さんに行き着くのでした。
もはや伝説となってしまった 「阿亀さんの物語」 を、今さらしたり顔でお話しするよりも、先日訪ねた折の千本釈迦堂でのささやかな出来事を、ひとつ披露してみたいと存じます。

実はその時、ちいさな山門の向こうからやって来た地元の方にお会いしました。 ジーンズにTシャツという、気取りのない出で立ちでしたが、腰の据わった隙のない姿勢から、明らかに腕の立つ職人と思しき御仁。
この石畳とおなじように 「曲がったことを許さない性格」 といい切ってみても、まず間違いないであろう、いかにも頑固そうな初老の男性が、これまでの輝かしい職人としての人生をたどるかのように、迷いなく、振り返ることなく真っ直ぐに歩いて、いよいよどんつきとなる本堂の正面で、丁寧にお辞儀をされました。 たぶん、いつもそうしているように。 それから次に、あの桜の木の向こうの、阿亀さんの像の前に立ち止まり、深々とお辞儀をされたのです。 国宝として誉れ高い本堂よりもずっと丁寧に、こころを込めて。
 

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