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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
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07月01日(日)

安楽寺

東山のふもと近くに 鹿ヶ谷(ししがたに) と呼ばれる地域があります。 人の住む里が尽きて動物たちの棲み処となる、ちょうど境目となるあたり、もうぎりぎり里寄りの、いよいよ鹿や狸の領域かと思われる、そのような静かな場所を鹿ヶ谷でみつけたとしたら、ひょっとすると、そこは 安楽寺 かもしれません。

山裾の目立たない通りから見上げる安楽寺の山門は、それはちいさな茅葺きの簡素さで、しかも、しっとり緩やかな石畳の段々の参道を、両脇からすっかり成長したカエデの木々たちに抱かれるようにしてたたずんでいるものですから、気後れすることも、威圧されることもなく、どなたも素直な気持ちでくぐることができるはずです。
お寺の境内は、山の動物たちの迷惑にならないよう、限られた平坦地のなか、本堂も書院も、客殿も庫裏も、めいめいが譲り合いながら、ちょっと隅っこのほうに膝をいるるの席を見い出したかのように、行儀よく並ぶなかを、京都の寺院特有の、細い路地のような石畳のこみちが、あの可愛らしい茅葺きの山門との間を、さり気なく結んでいるのです。
山門そばの、この寺の生き字引きのような、おおきなカエデの木陰から眺める、うららかな日差しの下、ほくほくと苔むす庭には、実にいい按排にサツキツツジが植えられて、そこに敷かれた石畳のこみちとの間を、ほんの膝丈ほどに刈り込まれた生垣で仕切ることで、限られた庭を思いのほかひろびろとみせてくれる。

石畳のこみちが途中、かっちり直角に折れ曲がり、おのずと本堂へ導かれるその曲がり角に、幾分狭くなった分かれ道が、さんさんと陽光そそぐ本堂へのみちとは対称的に、深閑とした木立のなか、もっと奥深く、動物たちの領域へと向かうのかとも思われるくらいの もうひとつのこみち に、僕はついふらふらと足を運んでしまうのでした。
平坦だったこみちは、木立のなかを縫ううちに、次第に上り坂となって、のどかな、刈り込まれたまんまるいサツキがてんてんてんと並ぶ人工の庭とは違う、この場所本来の、昼なおほの暗い もうひとつの庭 があることに気づかされるのです。 でも、ここもまた、山裾であるこの地のかたちを殺さず活かした、職人の手による道なのだと…。

安楽寺

光には必ず影があるように、明るくまっすぐなこみちから、知らず知らず分かれた もうひとつのこみち は、うっそうとした木々で行く先は判然としないけれど、坂道が途切れた向こう側には石段があって、上りきったところには、茶庭にでもありそうな簡素な門(中門)が建てられているので、どうも、その先が特別な場所なのだということが察せられます。 門をくぐるとさらに、侘びた風情の石段が続き、そばには三体のお地蔵さんがちょこんと並び、お地蔵さんたちに見守られるような感じで、奥はひっそりとした墓所になっているのでした。
安楽寺の最も奥まった、最も静謐な場所は、 松虫姫と鈴虫姫のお墓 だったのです。

松虫・鈴虫両姫は、今から800年あまり前の鎌倉時代はじめ、宮中に仕えた、教養豊かで大層美しい姉妹であったらしく、時の権力者である後鳥羽上皇からも殊のほか寵愛を受けていたそうです。 しかし、一見きらびやかなようでも、実のところ虚飾に満ちた宮中での生活に苦悩した両姫は、こころの平安を求め、出家の道を選ぶのでした。
うら若き両姫(・当時、松虫姫は19歳、鈴虫姫は17歳だったそうです。)は、夜中ひそかに宮中を忍び出でて、東山の地に、 住蓮上人 と 安楽上人 によって結ばれた 「鹿ヶ谷草庵」 を訪れ、望みどおり尼僧になったと伝えられております。
しかし、これらの出来事が上皇の逆鱗に触れ、執拗な迫害となり、(出家を許した)両上人の斬首という、悲惨な結果へといたったのだそうです。

当時、松虫姫と鈴虫姫が出家を遂げた鹿ヶ谷草庵は、現在安楽寺のある場所よりも1キロメートルほど東、つまり、人里はなれた東山の山中にあったと聞いています。 一時荒廃した主なき草庵は、住蓮・安楽両上人の師、 法然上人 によって復興せられ、 「住蓮山安楽寺」 と名づけられました。
その後、お寺は山裾の現在地へと移されることになるのですが、その際、威厳に満ち満ちた立派なお堂を建てることよりもむしろ、ひっそりと山中に結ばれた、草庵の在りし日を髣髴とさせる控えめな姿こそが尊いのだと信じ、山で暮らす動物たちの領域を傷つけないように、そっとお寺を建立した人たちがいたのだということを。 そして、うら若き二人の姉妹がかつて辿った、草庵への長い長い道のりを、いつまでも忘れないようにとの願いを込めて、限られた敷地の、ほんの数十メートルのなかに築いた坂道と石段とに託した人たちが、確かにいたのだということを…。

お地蔵さんたちが並ぶ石段を上りきった、松虫姫と鈴虫姫のお墓の背後には、ここだけ、ささやかな竹林になっていて、墓前で静かに目を閉じると、さらさらと、このやさしい葉ずれの音色に両姫は耳を傾けているのだろうか。 それとも、か細い坂道の途中に人知れず咲いていた、可憐な二りんのササユリとなって、静かに微笑んでいるのだろうか…。 などと、想いをめぐらせずにはいられないのです。
 

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