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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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12月16日(金)

セルジュ・ムーユの照明とジョージ・ナカシマの煙突

10数年くらい前に、スチールとアルミニウムでつくられたデスクランプを購入しました。
そのランプのデザイナーは セルジュ・ムーユ(Serge Mouille) なる人物。 1950年代から70年代にかけてインテリアデザインの最先端を駆け抜けた伝説のギャラリーとして知られる、パリの ギャルリー・ステフ・シモン(Galerie Steph Simon) で取り扱っていた照明器具が彼の手によるもので、それまでの照明器具といえば、特に金属製の場合、ごつごつとした無骨で機械的なイメージであったものを 「こんなので大丈夫かな?」 と、気をもませるくらいに華奢で流麗な姿で表現してみせた。
そんなセルジュ・ムーユの10年間にも満たない希少な創作活動の数々を、後年になって日本のメーカーが復刻生産しているので、一部のコレクターのみ手の届くオリジナルに執拗にこだわらなければ、彼の優れた仕事を目の当たりにすることも決して難しいことではありません。
過去の歴史に埋もれつつあった優れた照明器具が再評価され、いまだ日本で健在であることに感謝したい心持ちです。

たまたま出会った、 「ビューロー トレピエ(BUREAU TREPIED)」 と名づけられた、おそらく1950年代中頃にデザインされたものと思しきデスクランプは、かつて京都に出店し、復刻を手がけた張本人である イデー(IDEE) のショールームの片隅ににちょこんと置いてあったもので、どういうわけか、確かに新品のはずなのに、店員さんがついうっかり誤って落しでもしたのか、シェードにはぽこぽことちいさな へこみ があって、定価よりも幾らか値引きされておりました。
キズやへこみのある製品を売るほうも売るほうだけど、買うほうも買うほうだな と、すっかり呆れ返ってしまわれた御仁もおられるやもしれません。 けれども僕はむしろ、本当によいモノは少々へこんでいてもその魅力にいささかも影響しないこと。 それどころか時間の経過とともに馴染んでゆく楽しみすらも予感させる力を秘めているのだという事実にひどく驚き、それを証明するため、店員さんはわざとへこませたわけではないでしょうが、どうも薄々、そこのところを重々承知していたのではないかとすら勘繰ってしまいます。

セルジュ・ムーユのデスクランプ

もし、あなたが照明器具や家具などを購入すべきか判断に迷った時、できれば写真だけで判断しないで実物をみること。 そしてその実物の 「背面をみる」 ことをお勧めしたいと思います。 そうして、その背面のつくりやおさまりが少しでも見苦しい!と感じたら、即座に購入を控えることをお勧めしたいのです。
デザイナーやつくり手の気持ちのこもった製品であれば、写真には写らない些細な部分にも手を抜くことなど到底あり得ませんし、少なくとも、この でこぼこシェード のデスクランプを一目みるだけでも、セルジュ・ムーユが頭のなかで思い描いたイメージを、自身の手を使ってカタチにしながら仕事をする人だということが、ひしひしとこちらに伝わってきます。
もちろん、ギャルリー・ステフ・シモンで扱っていた当時はたとえ少量生産であったにしろ、一点ものではなく、そこはある程度の数をつくるわけですから、職人たちの手にゆだねて制作されることは当然として、試作の段階では彼自身の手を使って何度も何度も思考錯誤が繰り返されていたはずです。 なぜなら、彼には 銀細工職人 という経歴があり、金属という素材を熟知していたのですから。

セルジュ・ムーユの手がけた照明器具はどれも違わず金属でできていて、それらは他のいかなるデザイナーも及ばないくらいに細く、かつ軽いのが特徴です。
本体はスチール製の中空パイプですから、細くすればするほど軽くなります。 ただ普通は強度を意識して、安全なほうへ安全なほうへと流れてゆくため、次第に素材は太く、重くなり、部材同士の接合部はがっちりと固められ、ごつごつとした機械的なモノに陥ってしまうところを、彼だけは逆へ逆へとすすんでゆく。 本体は限りなく細く、軽く、接合部は衝突することなく、どこまでも滑らかに、有機的につながっています。
シェードは信じられないくらいに薄く、頼りないくらいにぺらぺらのアルミニウム板なのに、シェル(貝殻)状に成形することで思いのほか強度を確保できてしまいますし、幸いシェードが軽量なため、本体が華奢でも重量のバランスが保たれていて、一見したところ不安定なようであっても実は安定していたりします。 僕のみつけたデスクランプは、誤って床に落されはしたけれど軽量なために壊れることなく、薄いシェル構造のアルミニウム板が へこむ ことで衝撃を吸収したのでしょう。

一見不安定にみえるカタチは、デスクランプとして、必要な場所に 明り を届けるためのありのままのカタチであって、つくり手の自己主張ではありません。 このデスクランプの背骨にあたる、電線を内蔵した黒いパイプのか細い斜めに傾斜したラインは、金属の特性を知りぬいた職人的な感覚を所有する稀有なデザイナーが、照明器具としての機能と重量バランスとの狭間で導き出した 偽りのないライン のように、僕の目には映るのです。

あたかも居合道の達人が、瞬きする間もなく巻き藁を一刀両断にしたかのような、迷いのない斜めのラインは、そうそう滅多にお目にかかることは適いません。
ただし、少なくとも僕の知る限り、セルジュ・ムーユが照明器具を手がけていた同じ1950年代に、アメリカ東海岸・ニューホープの静かな森のなかに、木匠として家具の歴史上きわめて重要な位置を占める ジョージ・ナカシマ(George Nakashima) が、自らの家具工房とあわせて設計し、その多くを自力で建設した彼と家族のための住まい 「ナカシマ邸」 の、居間にしつらえた手づくりの暖炉の傾いた煙突に、同種の輝きを見出すことができます。

ナカシマ邸 居間

侍であった祖父の血を引く、日系アメリカ人のジョージ・ナカシマは、家具を手がける以前には、日本の アントニン・レーモンド建築事務所 に所属する有能な建築家であったことは知る人ぞ知るところですが、両親の祖国である日本滞在時に、自身のルーツである様々な文化に触れたであろうことは容易に想像できます。
日本の文化とはすなわち 「木の文化」 であり、柱梁で水平垂直に規則正しく構成された日本の住まいは、すっかり庭に開放されてしまって、そこには斜に構えた松の木などの樹木がちょっとした変化となって、図らずも空間に生気を与えている様を発見する機会もままあったはずです。
このような、規則正しい構成のなかに ふいっ と斜めのラインを添えて変化を生み出す手法は、ナカシマの初期の家具のなかにも見出すことができますし、きっとナカシマ邸の建設の際も、室内から眺めて窓の外に斜めに樹木を配するという日本の定石を、あえて障子窓の内側に取り付けた暖炉の煙突を傾けることで、障子を透かして入ってくる柔らかな明りと対照を成すように、暖炉の暖かな炎からつながる鉄製の煙突を樹木のシルエットのように見立て、自身の家具と建物との境界をあいまいにして、心地よい場をつくりたいと願ったに違いありません。

ジョージ・ナカシマの試みた変化も、セルジュ・ムーユのか細いパイプも、周囲をかき乱すことなくどこまでも静かに存在して、いつまでもその空間にあたたかな血を通わせ続けることでありましょう。

セルジュ・ムーユのデスクランプ
 

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