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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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04月25日(木)

高桐院

うららかな春の日和に誘われて、ふらり高桐院を訪ねました。 高桐院は大徳寺塔頭のひとつで、一般にもひろく門戸が開かれております。

普段は表門から内玄関に至るまでの、竹林とカエデの木々に覆われた、苔むすなかに敷かれたか細い石畳の参道をそぞろ歩くにとどめることも少なくありませんが、今の季節、それではもったいないと、幾年かぶりで式台前にきちんと靴脱いで揃えたものの、その先の春風抜ける畳の間のガラス窓の向こうはがらんとして、しばらく待っても誰も来ない模様。
そうか、受付のお嬢さんは所要でしばしおでかけなのかな と思い直し、とてもとても禅寺とは思えない、不思議と安らぎすら感じる客殿に、やや遠慮がちにお邪魔してみると、そこには当のご本人がいらっして 「ちょっと庭をみていたのです」 と、実におっとりとした様子。
なるほど、確かにそうだろうなぁ と、妙に納得してしまうような、そんな、ゆるーい空気がここには流れているようです。

この国の建物は、限りなく開け放たれた座敷と庭とが知らず知らずつながって、一体どこまでが座敷で、どこまでが庭なのか、判然としないくらい融和してしまう、ある種神秘的ともいえる空間感覚を確かに所有しているように思えてならず、ひょっとすると、その理想の姿こそが高桐院といえるのかもしれません。
ここでは、客殿中央にいらっしゃる仏様も、座敷や縁にいる僕たちも、等しく 庭を眺めている という一体感があります。
それが、禅というものと何か関係があるものなのか否か、実のところさっぱり分からないものの、ここ来る人は誰も、いかにも名高い禅寺らしい他の塔頭を訪れて、しゃきっと伸びていた背筋も、幾分ゆるんで丸みを帯びたような…。
もちろん、だらけているわけでもなく、気品も失っているわけではないけれど、ちょっぴり余分な 力み がとれて本来の自分を取り戻したかのような、どこか我が家に戻ってきたような安らぎを感じる。 そんな肩ひじ張らない心地よさを、あなたも発見することができるはずです。

大徳寺は禅寺ですから、塔頭の主庭は、どこも白砂を敷き詰めた枯山水であるにもかかわらず、なぜか高桐院だけは、ありとあらゆる場所がふかふかの苔に覆われています。
これは、久しく以前、何かの本に書かれてあったのを読んだおぼろげな記憶によると、実は高桐院の庭も、もともとは白砂敷きだったらしいのです。 そこにご住職が苔を植えようといろいろ試みるわけですが、とことん相性が悪いのか、どうしても根付いてくれなかったそうです。
ところが、ある日境内のどこかに自然にあった苔をみつけて移してみたところ、すっかり馴染んで、今日のように緑の絨毯を敷き詰めたかのような、しっとりとした庭に生まれ変わった というお話です。

白砂敷きの庭は、太陽からの光を細かい粒子に分散させて、軒の深い、日本の建物の奥の奥までろ過された拡散光を届ける役目があり、十分な照明器具のなかった時代、目にやさしい、やわらかい自然光をやんわり取り込むという、先人たちによる実用的で洗練された生活の知恵でした。
そもそも、昔のお寺は学問の場でもあったわけですから、なぜ枯山水の庭園が必要だったのか、背筋がしゃきっとする意味にもそれ相応の理由があったのでありましょう。

高桐院
「高桐院」 ペン、水彩


高桐院の庭の光は、そのほとんどを苔に吸い取られてしまって、もはや座敷の奥まで十分な明かりは届きません。
大切な光は苔が育つためにご住職が捧げてしまったので、僕たちは背筋を幾分ゆるめて、カエデの葉っぱを透過して淡い緑色に染められた光が、そのまた下の苔によって気化された、緑色にかすむ空気をただただぼんやりと眺めるほかないのです。 そこには何も難しい理屈や説教はなく、視覚よりもむしろ、頬で風を感じ、葉ずれの音を聴き、苔の香を嗅ぐ。
難しい問答はできないかもしれないけれど、そのかわり、ここに腰下ろすと詩が生まれ、画が描けそうな気さえする。
それは、決して思い上がりでも、単なる気のせいではなく、この静かなお寺が細川忠興によって建立されたことに、どこかで関係しているように思えてなりません。 忠興が信長、秀吉、家康に仕えた稀代の武将であっただけでなく、利休の高弟として茶道の奥義を究め、詩歌に通じる人物であったことを考えると、後年苔を植えたご住職もまた、詩を解し、画を愛する人物なのだろうか などと、勝手な想像を巡らせてしまいます。

本来、お寺というものは象徴的な存在であり、学問や文化の中心であったと思うのです。 したがって、仏様は神々しく近寄りがたく、伽藍は威厳を保つ必要があったのでしょう。
その証拠に、伽藍は人間のスケールではなく、もっと大きな仏様のスケールでつくられているのが通例です。 それに比べ高桐院は、あえて象徴性から離れて仏様は人のそばに歩み寄り、人と同じ目線でつくられたお寺は限りなく人の住まう住宅に近い存在になっている と、個人的に解釈しております。
か細い石畳の参道の突き当たりに正玄関の門があり、通常の出入りには用いられないこの扉は、常に閉じられていることもあってあまり目立ちませんが、いささかも仰々しい感じはなく、周囲のカエデや竹林に溶け込んで、しっくりと馴染んでしまっています。
人のスケールにも樹木のスケールにも見事に適応していて、この門があることで、背後の客殿の大屋根がちっとも気にならないのです。

居心地のよさは、適切なスケール感だけでなく 「どこかに誰かの居場所が必ずある」 ということも大切です。 こと高桐院においては、居心地のよい場所には不自由しないため、一旦靴を脱いで揃えてしまうと、だいたい4・5時間くらい靴は並んだまま なんてことも、左程珍しくありません。
ありがたいことに、客殿の西側にある庭は、専用の外履きに履き替えて散策できるようになっていて、青々とした苔のなかに点々と打たれた飛び石をわたってカエデの木々のなか、緑色のエーテルに身をゆだねることが許される稀有な場所。 とりわけ、苔の庭はデリケートで傷みやすいため、自由に散策できる寺院となると、僕の知る限りここだけです。

実は、この庭の奥に細川忠興とガラシャ夫人のお墓(※ 利休が愛用した石灯篭がお墓です)をはじめとした歴代細川家の墓所になっていて、こちらの門はついぞ閉じられたことはありません。
この門は本当にちいさく可愛らしいけれど、よくよく見れば、四脚門と呼ばれる格式の高い正玄関とほぼ同じつくり。 つまり、ことさら主張するような派手さはないかわり、控えめななかにも気品が漂って、さぞやつくり手は腕の立つ職人で、どれほどこころを込めていたであろうかと、察するに余りあるくらいの出来栄えなのです。

驚くほどに華奢な柱梁は、実に心許ないはずなのに、可憐な花びらの透かし彫りを施した板材が、隅っこでさり気なく補強され、いささかも傾く気配はありません。
ただし、どうしても傷みやすい柱の足元は、20cmばかり新材に交換され根継ぎが施され、京の町家と同じように風雪に耐え続け、一見するとかさかさに風化したかのような柱も、実のところ中身はまだしっかりと生きていて、そっと触れる手に、ほんのりとしたあたたかさを感じ取ることができるでしょう。
屋根瓦は、このあまりにもちいさな屋根に普通の材料では忍びないと、自分の気持ちに正直な職人が、愛情注いで焼き上げたであろう渾身の一枚一枚は、信じられないくらいに薄く繊細なのに、何百年もの間雨や嵐から守り続けています。

そこそこ上背のある男性であれば、うっかり頭でもぶつけそうなくらい、そのくらいちいさな墓所の門の扉がなぜ開け放たれているのか。 僕には白砂敷きの枯山水の庭にひとり苔を植え続けたご住職が、故人にもこの庭を眺め続けてほしいと願っているように思えて仕方がありません。

高桐院