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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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07月20日(金)

よだかの星

かれこれ今から10年以上も前になるでしょうか。 NHKのラジオで、放送局のアナウンサーが毎週ひとつの文学作品を朗読する番組があり、その日は、ある女性アナウンサーが宮沢賢治の 「銀河鉄道の夜」 を朗読しておりました。

僕は、宮沢賢治の童話を全く知らずに過ごすという、恐ろしく不幸な子ども時代を送った、ひどくかわいそうな人間で、遅ればせながら大人になってから衝撃を受け、以後、むさぼるように彼の童話作品を読んで参りましたが、代表作に挙げられる 銀河鉄道の夜 については、長編で、しかも未完の作品ということもあったのでしょうか、正直、どうもよく分からなかったのです。
それなのに、ラジオから聞こえてくるお話は、よくありがちな声色を使ってドラマ仕立ての演出を加えたような 子どもだまし の内容とはぜんぜん違う、作品の本質に迫るかのような素晴らしい出来ばえで、たちまち惹き込まれてしまいました。

そこには、ちまたで見聞きする童話や児童文学とは縁遠い感覚、しんみりと、どこか沈んだ物悲しさ…、 「愁い」 ではちょっと不適切な、そう、 「もののあはれ」 です。 賢治は もののあはれ を表現することができた、稀有な童話作家だったのではないでしょうか。 もののあはれ などと古風な表現で説明すると、何だか難解そうに聞こえるやもしれませんが、個人的には 美しさのなかに神聖さを感じ取るこころ かなと、勝手ながら解釈しています。

28歳の頃に書きはじめ、以後10年近くにわたって改稿を繰り返したものの、病に倒れ、結局、未定稿のまま後世に語り継がれる運命となった名作 「銀河鉄道の夜」 は、賢治童話の集大成といってみてもよいかもしれません。 そうであれば、それまでに彼が遺してきた数々の短編童話のなかにも相通じる作品が存在すのではないでしょうか。
たとえば、22歳の時はじめて創作し、幼い弟妹に読み聞かせたとされる 「双子の星」 。 そして、童話の執筆に没頭していた25歳頃に創作された 「よだかの星」 です。 特に よだかの星 は、手元にある文庫本にしてわずか9ページと、短いこともあり、より純粋に もののあはれ が表現されているといえるでしょう。

ご存知の方も多いかもしれませんが、詩集は別にしても、宮沢賢治の生前に発表された童話作品はほんの一部に過ぎず、その多くは彼の亡くなった後に出版されています。 これは、別に彼が意図的に発表しなかったわけではなく、(これもまたよく知られたエピソードですが)当時でも童話や児童文学作品を掲載する雑誌は幾つかあり、実際に原稿を持ち込んでいたにもかかわらず、いずれも採用には至らなかったのだそうです。
なかでも、日本の近代児童文学に多大な影響を与えたとされる雑誌 「赤い鳥」 の創設者であり、もともと作家でもあった鈴木三重吉(※ 夏目漱石の教え子であり、彼に評価されるほどの文才の持ち主でした)ですら正当に評価することができなかった。
これは、児童文学が 子ども向け という範疇に過たずおさまっていなければならなかったご時世で、賢治の創作は当時の概念を遥かに超越した作品になっていたため、そもそも理解のしようがなかった経緯ゆえなのでありましょう。 つまり、彼の童話はいわゆる子ども向けではなく、子どもも含めたあらゆる人たちへの こころのこもったおくりもの だったのです。

短編童話 「よだかの星」 は、どうやらかつては教科書にも採用されたことがあるらしく、それはそれで子どもたちにとって、想像の世界をひろげるきっかけとなる素晴らしい試みなのかもしれません。
けれども、もし、おとなたちがこのお話の本質をきちんと理解せず、しょせんは子ども向けの読み物と見下して、 「差別をしてはいけません!」 といった狭い解釈のなかに閉じ込めてしまっていたとしたら、それはマニュアルにかまけた おとなの都合 であって、かえって子どもたちの想像の扉を閉ざしてしまう結果になりかねない気がして仕方がありません。
実際、そんなものだと思って成長してしまった、想像の芽を摘まれた悲しいおとなたちがいっぱいいたとしたら、あまりにも不幸ですし、何も知らずに成長した僕のような人間がむしろ幸せのようにすら思えるなんて、つまらないではありませんか。

物語はいきなり冒頭から、よだかの容姿のみにくさ、滑稽さが描写されてはいるけれど、そこには上から見下したようなつっけんどんさは微塵も感じられない、よだかだけでなく、彼を慕うカワセミやハチスズメといった宝石のような弟たち、それから彼を卑下する鳥たちまでまるごと、おおきく包み込むような作者の深い深い愛情を意識せずにはいられません。 きっと、こんな気持ちを もののあはれ とでもいうのでしょう。

はるか千年もの昔、平安王朝の才女たちより連綿と受け継がれてきた美的理念 「もののあはれ」 は、人類が創造した最良の音楽のひとつに数えられるであろう、晩年のモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)が未完の大作 「レクイエム(Requiem)」 に先立って作曲した、わずか3分あまりの小品 「アヴェ・ヴェルム・コルプス(Ave verum corpus)」 にも同じ類いの輝きが感じられるのは、偶然でも単なる気のせいでもなく、芸術のなかでは国境など存在しない、同じ星の住人だからなのかもしれません。

よだかの星
「よだかの星」 カラーケント貼り絵、アクリル