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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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11月16日(土)

広沢池の観音さん

こんもりとした山を背景に、静かにひろがる 広沢池 の周囲にはまだまだ田畑も残されて、自然と人間の営みが何とも具合良く折り合いをつけ、こんなにも傷めつけられたこの星にも、こんなにもおだやかな場所が残されていて、まだまだ捨てたものではないものだと不思議にほっこり、こころやすらぐ嵯峨野の風景は、何の縁もゆかりもないはずの僕が訪れても、どこか懐かしい ふるさとのにおい がする。
まるで 「まんが日本昔ばなし」 そのままの世界ではありませんか。

広沢池の西岸からちょっとした太鼓橋をとことこ渡ると、観音島と呼ばれるささやかな小島がありまして、ここにはその名の通り石造りの 観音さん がおられます。 もともとは伊勢の国におられましたが、何かのご縁で百年位前にこの地にやって来られたようなのです。
「観音さん、観音さん」 と、親しみを込めて呼んでみたくなるその姿は、名高い法隆寺の百済観音立像や、三十三間堂の千体千手観音立像のすらりとした華奢姿とは裏腹に(何しろ石造りですから)随分ふっくらしていて、何だかすっかり安心してしまうのです。 そのせいでしょうか、このあたりはいつも子どもたちで賑やかです。 そして彼らを見守るかのようなその眼差しは、まったくもって 「おかあさんのやさしさ」 そのものなのですから。

木から生まれた観音像は、その多くが漆や金箔で守られ、お堂のなかにおられるわけですが、石から生まれた広沢池の観音さんは、おとぎ話のような、こんもりとした小山を背に、静かな池のなかのちいさな島で、この地の風に吹かれ、雨に打たれ、雪をかぶり、お日様の光を浴び続けて百年間、やさしい微笑で子どもたちをそっと見守り続けてくださった。 その間に少しずつ少しずつ北嵯峨の空気に馴染んで、知らず知らずのうちに、この土地の お嫁さん のような表情になったのかもしれません。 あるいはこの土地のお嫁さんが観音さんのような表情になったのか、もしかしたら双方がそんな風に、自然と寄り添っていったのかもしれませんね。

ただ、僕が自信を持っていえることは、ぷっくりとした観音さんの手は、家事仕事や野良仕事でかさかさした働き者の お嫁さん だけが持つあたたかい手をしているということ。 そして広沢池の観音さんには、お月様がよく似合うということです。

広沢池の観音さん
「広沢池の観音さん」  カラーケント貼り絵、アクリル

 
11月01日(金)

詩仙堂

東山の稜線が、本来ならばなだらかに落ち着くところを、再び隆起してささやかな丘となる凹凸のある地形。 谷間にはさらさらと小川が流れる。
京都の一乗寺にある 詩仙堂(しせんどう) は、時をおいて、あるいは季節を変えて幾度も足を運びたくなる、いにしえの文人が築いた 詩的な住まい です。

詩仙堂を訪れる度に感じるのですが、その余りにも華奢で繊細な建物と庭園とが、いつも美しく掃き清められ、しとやかな空気を纏っている様子から、日頃より惜しみない愛情を注いで止まない管理者の姿勢を思い、こころ打たれずにはいられないのです。
観光地エリアでもない、ちょっと不便かなとも思われる詩仙堂が、いつも人足が絶えないにも関わらず、静謐さを失わない理由。 それは 狭く、はかなく、危うい仕掛け が、あらゆる場所に、一貫した美学のもとに展開されているからに他ありません。
たとえば、玄関に至るまでに二つもちいさな門をくぐり、ほの暗い石段を登り、人がすれ違うのもままならない石畳の小径を抜け、折れ曲がり、飛び石を点々と渡らねば辿り着くことができない。
狭い門をくぐるためには自ずと身を屈め、石畳の小径は狭くとも傍の砂地が、落ち葉一つなく箒目が描かれているものですから、なかに足を踏み入れる者など皆無で、お互いが道を譲り、一足一足に神経を集中して段差を越え、飛び石を渡る事でようやく玄関に辿り着くその道程。
皆、誰から教わるでもなく、自然と謙虚になる。 先を急ぐ人は誰も、はじめっからここまで来ようはずがないのですから。

詩仙堂

何百年と時を経た建物は、文人が敢えて 華奢に華奢に とつくったわけですから、屋台骨のがっしりとした北国の民家などとは、比較にならないくらい脆くはかないはずなのに、そのか細い柱一本、そして縁側の欄干一本までもが、座敷にいる僕たちと、目の前の隆起に富んだ庭園との間を、可能な限り遮らないための作法なのだという事を、国籍も年齢も飛び越えて、理解出来るがゆえに大切に接する。 華奢だからこそ、管理者も手入れを怠らない。

僕はこの場所へ来ると決まって、角っこの縁側に程近い畳の上で膝を抱え、ちょこんと座り、静かに庭を眺めるのです。
座敷からみる庭は、段々と谷に向かって下がってゆくために、すぐそばの白砂敷きの平坦な庭と、刈り込まれたサツキツツジの向こう側は、谷を飛び越えた東山の裾野がつくり出した カエデの森 になっていて、谷間の何処からか、水のせせらぎを背景に 「コーン」 と、こだまがするのです。 そして、忘れた頃に又 「コーン」 という具合に…。
それは、庭園内に巡らされたせせらぎの水を利用した 「鹿(しし)おどし」 と呼ばれる音響装置なのでした。

詩仙堂

あのほの暗い、参道脇の竹薮から伐り出されたに違いない竹製の装置はもともと、山伝いに訪れる鹿や猪が庭を荒らさないように、と考案されたものらしいのですが、昨今の精密機器のような理詰めの、息苦しいブラックボックスとは似ても似つかぬ、人間の感覚と感性とが揃ってはじめて成立するモノからのみ生まれるであろう、絶妙な 間(ま) が、ここには確かに存在している。
そのような長閑な音の繰り返しに、いいようのない 日本の音 を発見して、 いつかきっと又この地を訪ねよう。 と、静かに心に誓うのでした。