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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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07月15日(月)

秦家住宅

こんなことがありました。 どことは申しませんが、結構名の知れた庭園を拝見した時のことです。
明治期につくられた名園には、同時代に建てられた簡素ながらも素敵な木造の邸宅が残されていて、所有はすでに庭園ともども個人の手を離れ、役所へと移されているようでした。 そのためか、役所の事務員みたいな人が建物の管理をされているらしく、あろうことか縁側の床板をモップで掃除しているのを偶然みつけてしまったのです。 伝統建築を理解しない、あまりにもがさつな行為は、そのへんの公共建築と同じ感覚、お役所仕事です。
だから、腕利きの棟梁が丹精込めてこしらえた自慢の建物も、今ではすっかりかさかさしてしまって、僕には何だか建物が泣いているようにも思われました。 毎日とまではいわないけれど、せめて週に一回くらいは固く絞った雑巾できちんと拭き掃除してあげれば、みるみる表情も変わって、しっとりした顔をみせてくれるはずなのです。 だから、僕は建物のデザインだけでなく、ふいと垣間見せる建物の素顔の表情を知りたいと、次第に願うようになりました。 住み手がどんな風に接しているか、建物は悲しんでいないかを。

油小路の仏光寺を下がった太子山町といえば、太子山で知られる祇園祭の鉾町ですから、八坂神社の氏子。 そこに明治のはじめ頃に再建された 秦家(はたけ)住宅 は、間口5間の立派な京町家です。 江戸時代中期より続く、薬種を扱う商いはすでに止しているようですが、ご家族の皆さん、きちんと住みながら大切に維持されているらしいのです。
おもての通りに面した表情は、 厨子(つし)二階 と呼ばれる、軒の高さをぐっと抑えた古風な構えながら、たまたま前を通りかかると、いささか驚いてしまうくらい個性にあふれていて、でもそれは、建物手がけた棟梁のこころが隅々にまで込められているからでしょうか、不思議な愛着を感じてしまいます。 何よりも、建物が微笑んでいるのです。

しばしば 「うなぎの寝床」 などと表現される京町家は実際、通りからみた間口に対し、底知れぬ奥行きを持った、深い深い神秘の住空間が隠されていることは、このあたりで暮らしを営む人々には無論、了解済みではあります。
これは、ある程度定められた形式に基づいているがゆえ、おのおの良好な住環境や人付き合いが成り立っているわけですが、それでも、そこは 手づくり ですから、代々受け継がれた知識のみならず、創意工夫がそこここに盛り込まれていたり、棟梁の持って生まれたセンスが否応にもにじみ出て、街全体を眺めると似たり寄ったりで好ましい調和を成してはいても、ひとつひとつはちいさな個性の結晶で、ふたつと同じものはつくり得ないのでした。
ちょっぴり愛嬌のある顔もつ秦家住宅も、そこは代々小児薬の製法を伝承してきた名家です。 通りに面した店舗部分とその奥の住居部分は別棟で、その間を一部玄関にし、隙間を埋めるような按配で巧みに坪庭化してしまう。 住居の奥にも本格的な庭がつくられ、その風情を隈なくおすそ分けするかのように、厠やお風呂、蔵や離れなどが、めいめい譲り合いつつも仲良く居並んで、あたかも山居のごとき情緒満載の、しかし、驚くほど洗練された高密度な都市型住宅にパッケージングされているのでした。 それで、職住一体を成していたのですから大したものです。

秦家住宅

黒光りのする門口の引き戸をからからと開ければ、そこはしんと静まった土間空間。 通り土間(にわ) と呼ばれるか細い通路状の空間は、うなぎの寝床の奥の奥まで間違いなく続いているはずなのですが、ご家族や、よっぽど親しい間柄でない限り、要所要所扉で仕切られた敷居をまたぐことは難しいでしょう。 奥へ進めば進むほど、その敷居はますます高く険しくなるのです。 人生と同じくらいに困難かもしれません。
きわめて私的な 土間(にわ) は叶わないかもしれませんが、もしあなたに、真っ直ぐなこころと、礼節を重んじる気持ちがあるのでしたら、今の時代、客人として玄関から迎え入れられることは大丈夫、十分可能です。

みせの間の敷居の向こう側の うち土間(にわ) に辿り着いたあなたは、正面に掛かる重い内のれんの先に行きたい気持ちをぐっとこらえ、90度右に向き直るだけの素直な気持ちさえあれば、もうれっきとした客人。 そこから先は土間ではなく、いよいよ畳敷きの玄関です。 背後には薄暗がりのなか、きらきらと緑色に輝く 坪庭 という意表をついたおもてなし。
猪突猛進だけが人生ではない。 時には視野をひろげ、くるり向きを変えてみることで、図らずも違った世界が開き得るのだということを、京町家は教えてくれることでしょう。
そこであなたに、坪庭の横のちいさな戸口の敷居をまたぐことが許されたとしたら(許されると思いますけど)、中の間の向こうの、かつては秦家の家族ですら容易に立ち入ることがならなかった奥座敷へと導かれるはずです。 それが、祇園祭も間近の、蒸し暑い夏の時期であれば、もういうことありません。
なぜでしょうか。 それは、建て込まれていた障子やふすまがすっかり取り払われ、かわりに簾戸や御簾(みす)が掛けられ、畳敷きの床には一面籐むしろが敷き詰められた 「夏の支度」 が、抜かりなく整っているに違いないからです。
床の間と違い棚がこじんまりと収まった奥座敷は、決して奇をてらったり、無意味に豪華であったり、いたずらに高価な材料をひけらかしたりするような過ちは犯さず、棟梁の確かな目で吟味された堅実で構造に耐えうる材料のみを、無骨にだけはならないよう、ただただ誠実に、しかも華奢に簡素に組み上げたプロポーションが、これ以上は望み得ないほど絶妙で、どこの住宅でも普通にみかけられる、杉の板材と角材だけで出来上がった質素この上ない棹縁天井ですら、ここでは究極の天井に思えてしまう。 でもそれは、単なる目の錯覚ではなく、まして、棟梁の類稀な才能によるものだけではないことも又事実です。

この建物が上棟されて140年あまり。 代々、秦家の人たちの手で毎日毎日、蒸し暑い夏も、凍てつく冬も、欠かすことなく磨き続けてきた途方もない数の雑巾によって、いつしか建物に魂が宿るようになったのではないでしょうか。
奥の座敷が発する静かなオーラのようなものは、表現は正しいかどうかは分かりませんが 美の女神(※ローマ神話のヴィーナスや、ギリシャ神話のアフロディテのような存在) が、ここには住んでいるからのような気がするのです。 そう表現してみると、意外と腑に落ちるのです。
だから、この家の人たちは部屋の掃除を、庭の手入れを欠かさない。 一見すると、からっぽで何もないようにすら思える薄暗がりのなかに美神は必ずいて、その証拠に清浄な空気は滞ることなく、絶えず流れては行き、流れては行きする。 その両端は、閉じられることなく庭へとつながっています。 決してひろくはない庭はしかし、どこまでも続く空へとつながっているのですから、不思議と狭さは感じないのです。 こういうのが、本当の 京町家 なのかもしれません。
かつて訪ねた名園の邸宅が、かさかさして泣いているような気がしたのは 「誰も住んでいなかったからなのですよ」 と、秦家に住む美の女神は、微笑みながら語ってくれているようです。
 
07月01日(月)

マーカス・モストロームの京うちわ

創業200年、300年を数える京の老舗の、あの暖簾の向こう側の品々は、もともと日々の暮らしのための道具であったはずなのに、なぜこんなにも遠い存在になってしまったのでしょうか。
杉や竹、和紙といった身近な材料を、長い長い時間のなかで洗練を重ね、かくまでも薄く、軽く、消え入る直前にまで研ぎ澄まされた姿・カタチのため、そして何よりもひととき涼を得るために、幾つもの工程を経てようやく生み出される伝統の 「京うちわ」 ひとつ挙げてみても、これ程しなやかで美しく、実用性の高い道具はそうそうあるものではないはずなのに、いつの間にか、暖簾の向こう側とこちら側に大きな ズレ ができてしまっていたのです。

たとえ、ずっしりと歴史を積み重ねた老舗であっても、やはりこのようなズレはいただけません。
これはきっと、軽み(かろみ)が足りないからなのではないだろうか。 と疑問を抱き始めたこの頃、しっくりと手に馴染む スフェラ(Sfera) の京うちわ は、確かに伝統工芸品に違いないのだけれど、不思議なことに、何の変哲もない和紙に摺られた葉っぱのシルエットが、あんなに重かったはずの暖簾を軽々と吹き飛ばして、ふんわりさわやかなそよ風を届けてくれるのは、一体どういうわけなのでしょう。

マーカス・モストロームの京うちわ

「リーフ・パターン」 と呼ばれる葉っぱのシルエットは、スウェーデンのグラフィックデザイナー マーカス・モストローム(Markus Mostrom) が、スフェラの店舗ビルディングを手がけたスウェーデンの建築家ユニット CKR(Claesson Koivisto Rune) と協働で考案したグラッフィック・デザインです。
これを応用することで、カチカチの金属板に覆われた建物の外壁ですら、さらりと 軽み を体現してみせた。 それだけではありません。 たった一つの文様が、包装紙から手ぬぐいまで、日々の生活にささやかな 木漏れ日 をもたらしてくれるのです。

日本から遥か遠い、北の国から届けられたリーフ・パターンは、あの伝統のふっくらと光線を吸いとってくれる手漉き和紙の上、さくさくと小気味良く彫られたやわらかな木版に、そーっと顔料のせて摺り込むと、輪郭がじんわりやんわり滲んで、まるで風にそよそよ揺れる木漏れ日かと見紛う表情。 かっちりきっちり刷られた印刷物とはまったく別物の、この不思議な安心感は森のなか、大木にまもられる感覚に限りなく近いのだということに気づきます。
ふと何気なく、ほの暗い室内から庭に透かした京うちわは、僕の手を大地に、杉柄の幹をすっくと伸ばし、竹骨の枝を目一杯ぴんと張り、一面に緑の葉を繁らせた 一本の木 だったのだよと、森の国から生まれた ちいさなちいさな文様 がそっと教えてくれました。

マーカス・モストロームの京うちわ