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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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03月16日(土)

エッコ

「ほらっ」 と差し出されたトレイは、イタリア語に訳すと 「Ecco(エッコ)」 となり、その如何にも愛らしい響きがそのまま製品の名前になりました。
エッコは、トレイとしてお茶やお菓子を運び終えて、何気なくテーブルの端っこに置かれてあっても。 誰もいない部屋の隅っこにひっそりと、あるいは、何もないテーブルの真ん中にそっと置かれてあったとしても、いつも物静かで慎ましい。 何も語らないけれど、唯々そこに美しくたたずむ。 そんな存在です。

エッコ

最初に雑誌で、その余りにもさり気ない物腰を発見した時に、 「これ程なのか」 とプロダクトデザインの在るべき道をはじめて教えられ、地元の京都で手がけられていることを探し当て、訪ねると、紛れもない 本物の生活道具 がそこにあったのです。
以後、エッコに採用された 竹集成材 という、近年になってようやく実用化された技術と、古くから馴染みがありながら、何も知らずにいた 竹 という素材に対し、強い関心を抱くようになりました。

驚くことに、この製品のデザイナーは エンツォ・マーリ(Enzo Mari) 、イタリア人だったのです。
彼の生まれ育った国やその周辺には竹の生育はおろか、竹を使った身近な道具すら無いに等しいのではないかと思われるのに、この人は 素材の声 にちゃんと耳を傾けている。 誰も気づかないような、ほんの小さな囁きすらも聞き漏らさないくらいに…。
そのような思いを抱く一方で僕は、デザイナーであるエンツォ・マーリ自身から 「これは本来、あなた方日本人の成すべき仕事なのではないですか?」 と、厳しい口調で問われているように思えてならないのです。
事実、日本の多くのデザイナーは、彼ほどに 素材の声 を聞いてはいないのかもしれません。

ご覧の通り、エッコは両端部を きゅっ と跳ね上げただけの姿です。
そんな、一見何ということもない形態が、指先を差し入れる手掛かりとなり、ほどよい囲いの役目を担っているのです。 しかし、このようなさり気ないカタチほど、実際の製作では容易ならざるもので、端部の木口をよくみると、1mmくらいの厚みに削られた(あるいは割られた)竹のピースが四層、つまり4mm厚に積層されているのですが、強度が増すほどに、デザイナーの意図する 繊細なカーブ は困難なものとなります。
このために、1mm厚のピースの状態で、各々あらかじめ曲げ加工を完了した上で、四層に積層される。

竹の表面はもともと硬い表皮に守られていますから、普段僕たちは 表面の色合いや質感 を眺めているわけです。 それに対し、集成材の場合は、竹の繊維の部分が仕上げとなって現れてきます。
竹の繊維組織は、木材と異なり年輪を持たず、 維管束(いかんそく) と呼ばれる細いパイプのようなものが真っ直ぐ通っていて、水分や養分を運び、どんどん上へ上へと伸びてゆくのです。 超高層ビルの中で無数のエレベータ・シャフトが、絶え間なく上下している様子をイメージしていただくとよろしいでしょうか。
竹の繊維は真っ直ぐなため、中を空洞にすることが可能ですが、それだけでは強度が不足し、押し潰されてしまいます。 そのため、所々に節を入れて補強してある。 これが軽くて しなり のある、強靭な竹の秘密なのです。

竹集成材の表面には、この維管束の すっ と伸びた直線と、節の密な繊維の表情とが、そのまま顔を出しているのです。 しかも、表皮は硬くてツルツルしていますが、内側の繊維の手触りは適度にやわらかく、 すべすべ とした感じで、馴染みのある木材のそれとはまた別の心地よさがあります。 そのうえ木材よりも薄く、硬く、強度もある。
しかしそれよりも、端部の切断部(つまり木口)が、維管束の断面の、丸い ぽつぽつ とした緻密な表情となっているのが如何にも好対照で、自ずと手触りも異なるのでした。
それが、トレイを持つ手に触れることで、自然と二種類の手触りを得られる。 これは、竹集成材だけが授かった一種の恩恵です。

エッコ

この 機能美と手触りによる感性 は、前述の 「両端部を きゅっ と」 。 これだけで獲得しているのです。 だから、目にもうるさくなく、静かに周囲に溶け込んでくれる。 トレイに望むべき条件を さらり と満たしている。 素晴らしいアイデアではありませんか。
実のところマーリは、この 「両端部を きゅっ と」 を、1958年に試みていたのです(プトレッラ(Putrella) という製品です)。 その時の素材は、 H鋼 と呼ばれる規格の建築構造材を流用し、見事な ひねり技 を披露したのですが、それから43年後の2001年、全く異なる 日本の素材と技術 で、洗練の極みともいえる 「日本の美」 を表現してみせたのです。

最後にひとつだけ。 竹を削ったことのある方はご存知かもしれませんが、木材とはまた異なる 竹の繊維 だけが持つ、かすかな、しかし品のある 香り があるのです。
もし皆さんがエッコに出会う機会があれば、その手で持ち上げて手触りを感じるだけでなく、どうぞ、そっと顔を寄せてみて下さい。 きっと、ほのかな 竹の香り にも出会えることでしょう。
 
03月01日(金)

千本玉寿軒

道端に停められた大八車には、収穫されたばかりの京野菜たち。 そばでは、野良着姿のお百姓のおばあさんが 「かたちは悪いけれど」 と、幾分申し訳なさそうに。 それでもこの辺りの人たちは、偽りのない大地の恵みをいそいそと買い求めてゆく。
門らしき門もなく、あけっぴろげの大らかな境内(というか、なかば駐車場)の奥に慎ましくたたずむお堂に、ずしりと閻魔様がにらみを利かせる、下町情緒満載の 千本ゑんま堂 に端を発して、京ではお馴染みの川魚店や漬け物屋さんなどがめいめい、睦まじく肩寄せ合って並ぶ西陣の千本通りでは、お年寄りがしゃんと胸張って足取り軽やかに散策できる、真っ当で飾らない、素顔のままの街の姿が、今なお失われることなくあり続けています。
そんな通りを歩いていると、いかにもこの場所にしっくりと馴染んだ、昭和のはじめ頃に建てられたと思しき、一軒のちいさな町家に、図らずも惹きこまれてしまうのです。

千本玉寿軒(せんぼんたまじゅけん) と呼ばれる和菓子屋さんの店構えは、お世辞にも豪華とはいえませんし、贅を尽くした類のものでもありません。 なぜかというと、この土地の大工さんが、この土地の材料でもって、きちんと当たり前につくってあって、しかも、それをきちんと当たり前に使い続けてきた、ただそれだけの一見どこにでもあるような、ありふれたお店だから。 それでも、いささかたりとも魅力を損なわないは、偽りのない、彼らの誠実であったかい人柄が知らず知らずにじみ出ているからなのかもしれません。
さして目立たない、通りに顔出すちいさなガラスのショ-ケースには、やはり目立たない、ちいさなお菓子たちがさり気なく、しかしこころを込めて並べられていて、それが僕の目には、どこか宝石のように輝いて映るのでした。
創業○○年とか、○○ご用達とか、そんな格式ばった老舗にありがちな敷居の高さは、これっぽっちも感じない。 だから僕も、この街のお年寄りの皆さんみたく、足取りも軽やかに、そよ風のように すいーっ とのれんをくぐって、あの懐かしい、幾分重いガラス戸を すーっ と引き開けて、まるで我が家にでも帰ってきたかのようなこころ持ちで、ためらうことも気後れすることもなく、いつもの素直な僕のままで 「ごめんください」 と、声かけることができるのです。

こじんまりとした店内は、時流にとらわれることなく、何もかもがもとのまんまの姿。 大工さんが一枚一枚カンナをあてて、それはそれは丁寧に張り付けた板の間が、いつまでも変らぬ姿でカウンターのあちら側にあって、これはとても照れくさくて声には出せないけれど、願わくば、無心に雑巾がけしてみたい…。 ついふらふらと、そんな気持ちになったとしても致し方のないくらいに理想的なセピア色の空間は、思っていた通り、色とりどりのお菓子たちであふれ返っているわけではなく、そんなに戸惑うことがないくらいの程よい加減で、きちんと行儀よく並んでいたりする。
だから、お菓子たちからも 「どうだ」 とか 「すごいでしょ」 といった、余計な雑念が微塵も感じられない。 誰かからよく思われたいとか、そんなつまらない世界からは、きれいさっぱり身を引いたかのような、春の小川のようにさらさらと清々しい気韻は、やはりどこかお店の方の身のこなしにも、そこはかとなくあらわれるようで、僕のような不器用な来客に対しても、高飛車なところもなく、へりくだった素振りもなく、ただただ素のまま接してくれるかのように察せられるのでした。

そんな気風から、生まれるべくして生まれた宝石のような羊羹は、決して重苦しくもなく、かといって軽薄でもない。 ほんのり透かした神秘のベールの向こうには、まるできらきらと、夜空に散らした星座のようにクリの実がぽつぽつ浮かんで、たなごころに収まるくらい、ちいさな宇宙(そら)を眺めていると、もう何十回、何百回と読んだ 「草枕」 という昔の小説のなかの、夏目漱石の分身でもある旅の画工が愛でた羊羹も、やはりこんなのだったのだろうか。 などと想いをめぐらせながら、そよ風のように すいーっ とのれんくぐるのです。

千本玉寿軒