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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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01月16日(水)

atehaca のIH保温釜

どうやら僕は生まれつき、人の多い場所や騒々しい所が苦手のようです。
かつて、あちらこちらと旅をしていた頃も、都心部や観光地は避けて、風通しのよい場所や、お百姓さんの住んでおられる所や、山がみえたり海や川のそばなどに好んで足を運んでいました。 なかでも、最も苦手な場所のひとつは家電量販店です。 電磁波に弱い体質なのでしょうか。
幸いなことに、便利なモノや、お得な機能にはちっとも関心がなく、トレンドに振り回されるような性格でもないので、実際のところ、家電量販店に行く用事もないのですが…。 それでも、暮らしのための道具は、その時々に必要な場をしつらえるために欠かせないモノなのですから、電気製品もそのような存在であってほしいものです。

おそらく、皆さんよりも少ないであろう手持ちの電気製品のなかのひとつに、電気炊飯器(IH保温釜)があります。

atehaca のIH保温釜

「atehaca(アテハカ)」 というブランド名で、2002年に発売されたこの製品は、日本の食卓としつらいの文化から現代の家電のあり方を示そうと取り組まれた稀有な例で、むしろ家電というよりは 「家具に近い生活道具」 のような存在と説明したらよろしいでしょうか。 そのため、販路はインテリアショップのみに限定され、 家具や照明器具等と組み合わせて展示する という、調和の取れた、ユーザーにも分かりやすい方法が試みられました。 そのおかげで僕は、家電量販店に足を運ぶことなく、気持ちよく買い物ができたというわけです。

atehacaは、IH保温釜のほかに電子レンジ、オーブン、コーヒーメーカー、保温ポットの計5種がラインナップされました。 製造は大手メーカーの東芝ですが、デザインは インテンショナリーズ(※建築設計事務所です) が手がけています。
樹脂製のボディは、自由な曲面をつくることが容易で重宝されますが、その反面、あたり障りのない、無難な考え方が慣習になっしまうこともまた事実です。 角が丸ければ印象が良いし、怪我もしないし… といったところでしょうか。 これに対してatehacaでは、樹脂パーツの接合方法までを含めて、あやふやな曲面に頼らない、形態に対するデザイナーの真摯な姿勢をみてとることができます。

なぜか電気炊飯器には、必ずといってよいほど上蓋に大きな取っ手がついていますが、使用時は必ず調理台や食卓の上に置いて使うので、立ち仕事の目線から、いつも炊飯器の取っ手ばかりみて暮らすことになるわけです。 持ち運ぶのはほんの一瞬であるのにもかかわらず。 たぶん、1974年にはじめて登場した電子保温ジャーに、取っ手がついていたので、なんとなく流れでここまできてしまったのかもしれません。
もちろん、取っ手が どん と真ん中にあったほうが使いやすいし安心。 という方も大勢いらっしゃるはずなので、一方的に否定するつもりはありませんが、それを使い手が選ぶ余地さえ与えられなかったこと自体、デザイナーやメーカー側の怠慢であったと言わざるを得ないでしょう。
個人的には、atehacaの上蓋の上面がフラットなのは、使う時以外は、棚下にすっきりと収納することができますし、上面中央に設置された操作盤は小ぶりですが、立って操作する姿勢からは、使い勝手がよく見えやすい位置にあるので、一見素っ気ないようであって実は親切な設計であったりもします。

ちなみに僕は、調理スペースの関係上、毎日の使用の度に台下から出し入れしていますが、その時は、両手でボディの両側を抱えて持つようにしています。 片手よりも両手で持つ方が、自ずとモノも食べ物も大切に扱うようになり、第一、所作そのものが美しくなります。 それに、ボディの両脇はやわらかいラインで えぐれている ため、手がしっくりと収まってこれがなかなか都合がよいのです。
このラインは、お寺の屋根のかたちで馴染みのある 「反り」 と呼ばれるものと近しい関係にあるのではないかと僕は考えていて、西洋人には出せない オリエンタルカーブ をイメージしてしまいます。

それからもう一つ、取っ手のない蓋の開閉の方法ですが、上蓋中央側面にある 「クランプ」 と呼ばれる部分を押すとロックが解除され、その指を引っかけた状態のまま、持ち上げるようにしてすっと開けます。 閉める時も同じように、クランプに指をかけてぱたんと蓋をするとロックされる、という仕組みです。

atehaca のIH保温釜

言葉で説明すると、何だかややこしいように聞こえるかもしれませんが、持ち運びの時と同様、とてもスマートな所作で個人的には気に入っています。 ただ、扱いが乱暴であると、衝撃で開閉部が破損する可能性がありますから、使う方の性格によってはストレスの溜まる製品なのかもしれませんが…。
いずれにしても、つくり手の想いのこもったモノは、それが樹脂でつくられていても、たとえコンピュータが組み込まれた電気製品であったとしても、使う側がしっかりと受け止めて、大切に、しかも生活の道具として日常的に使いこなすことができれば、年月を経てもその輝きを失うことはないのです。
 
01月01日(火)

通仙院

広大な大徳寺の境内の、かなり奥まったところに位置する 真珠庵 と呼ばれる塔頭(たっちゅう)の、しかもそのまた奥にひっそりと書院造の建物が、代々大切に維持されていることをご存知でしょうか。
通仙院(つうせんいん) と名づけられたその建物は、後に建て増しされた、内露地を備えた二畳台目の鄙びた茶室が、茶道に通じる方々には つとに知られるところですが、なぜか僕は、苔むす露地庭に控えめに開かれた 四畳半 のちいさな部屋に、ひどく魅せられてしまうのでした。

そもそも通仙院は、正親町(おおぎまち)天皇の女御のための 化粧殿(けわいどの) を、御所より移築した建物であるといわれておりまして、女御(にょうご)は天皇のお后候補でもある高貴な身分の女性ですから、日常の住まいとは別の、化粧や着替えのための特別な建物が、彼女たちにとって如何に重要であったことでしょうか。
しかし、いくら御所の敷地が広大であっても、さすがに化粧殿は隅の方にあったでしょうし、従者の女性たちがてきぱきと立ち働く必要から、自ずとコンパクトな建物になったのでしょう。 それゆえ、豪華絢爛な広間よりもむしろ、四畳半や六畳の小座敷の方が、僕のような庶民には、その暮らしぶりを しっくり と想像してみることができそうな気がするのです。

通仙院

僕が惹かれた四畳半は、床の間や書院を備えた 「一の間」 と呼ばれる部屋で、ここで女御がうら若きその身を麗しく装ったものと思われます。 そのためか、外に大きく開放されることはなく、六畳の 「次の間」 へとつながっています。
次の間は幾分開放的で、鉤の手に二方向が縁側に開かれて、もう一方が 「納戸の間」 に隣接し、こちらから衣装などを運ぶ手はずだったのでしょう。
それにしても、 京間の四畳半と六畳の空間 には、しみじみと居心地のよさを感じてしまいます。 ちなみに京間の畳一枚の寸法が 1,910mm×955mm であるのに対し、もっぱら最近の住宅で馴染みのある 関東間 は、京間の85%くらいの大きさしかないので、京間の四畳半は意外にゆったりしていて、これがなかなかどうして絶妙なひろさ加減で、結構生活しやすかったりするのです。

一の間の 床の間 は、奥行きが通常の半分くらいしかありません。 すぐ隣の 違い棚 も同様です。 これは、残り半分のスペースを、背面の 納戸の間 から収納場所として確保しているからなのですが、この適度な奥行きの 浅さ加減 が、書院造の持つ威厳の強さを程よくやわらげてくれているのです。 しかも違い棚の上には、 天袋 と呼ばれる収納棚が2段も重ねてあり、違い棚が随分と低い位置に、不思議とコンパクトに収まっているのです(普通、天袋は1段です)。 これは、用途が 化粧 や 着替え のための、細々とした道具を収納するために、奥行きの浅い収納が望ましかったからなのでしょうが、座敷の広さと床の間や違い棚のバランスが、それはもう完璧といってもよいくらいに整っているのです。
奥行きの浅い床の間は、光の入る縁側からは最も奥まっていることもあって、ほんのり暗く、なんだか落ち着いた気分にさせてくれます。

床の間とは反対側の、縁側に唯一面した位置に 書院 が設けてあって、ほの暗い部屋だけに障子越しに届く明りが本当にありがたく、書見には申し分のない環境で、うらやましい限りです。 そんな書院の下の、高さ二十数cmほどの僅かなスペースも、縁側の方から収納として利用できるほか、仏間の下方が一部台座のように持ち上げられていて、この部分もやはり、隣室から収納として活用できるよう、随所に工夫が凝らされています。
これら数々の 小物収納 は、女御の目からは気にならない隣室などに さり気なく 配置されながらも、必要な時には従者の女性が瞬時に対応できる という、実に心憎い設計が成されているのです。 建築家のケの字もなかった 4・5百年ほど前の時代にです。

それからもうひとつ、大切なことに気づきました。 それは細やかな線と、素材それぞれの面とがつくり出す 「旋律」 の存在です。
先ほど説明した、 床の間 と 違い棚 の位置関係もそうなのですが、厳格な 左右対称 をちょっとだけ崩してある。 崩しても、バランスは崩れるどころか更に良くなる。 床の間からぽつんと離された書院の存在も、またしかりです。
次の間 にさり気なく設けられた、採光や通風のための 欄間障子 も、普通は二箇所を対称に配するところを、ここではあえて片側にずらして一箇所にとどめ、上部を幾分すかしておいて、そこを他の小壁と同じ しっくい仕上 ではなく、板をはめ込む。 もうほとんど抽象絵画の世界です。
舞良戸(まいらど) と呼ばれる板戸の桟は、横向きではなく縦向きにして、三本ずつを等間隔で並べながらも、両端部だけは一本にする。
天井の高さも、四畳半は六畳よりも数cmだけ下げられている。 等の工夫が、実に巧妙に、なんてことないように さらり とやってのけられているのです。

このような音楽に通ずる旋律の技法を、たぶん コンポジション(composition:構図) などというのではないでしょうか。
モンドリアン(Piet Mondrian) よりも遥か昔、一人の女性が誰よりも、美しく、気品あれかし と願って、限りなく機能的で、洗練された空間をつくり出した人たちが、確かに日本にいた。
もしかすると、いにしえの 女御 が好んだ場所は、華麗で雅やかな大広間よりも、数人の女性のみ立ち入ることが許された、あの 四畳半 だったのかもしれませんね。