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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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06月16日(土)

+J のカットソー

いつの時代でも、たとえ目の前に幾多の苦難が立ちはだかっていたとしても、純粋で一途な想いを見失うことなく、自ら信じる道を一歩一歩あゆみ続ける人たちが、 美 というものを創造しているのではないかと思うことがあります。
「美は、指をパチンと鳴らして出てくるようなものではなく、長い経験のなかで培われた技術とともに、時間をかけて紡ぎ出していくものなのです」 と語るのは、シックでエレガントな高級ファッションを手がけるデザイナーとして知られる ジル・サンダー(Ms.Jill Sander) です。 そんな彼女が2009年から2011年にかけて、大手カジュアル衣料メーカーの ユニクロ とコンサルティング契約を結び、実現したブランド 「+J」 が、まさにそうでした。

贅沢な素材をおしげもなく使い、第一級の腕前を持つ西欧の職人たちの手で仕立てられる高級ブランドの衣類に対し、限られた予算のなかで吟味をかさね、素材の本質を見抜き、合理化されたアジアの工場の生産ラインによって成し得た低価格の衣類。 その価格差は10倍以上。 たまたま冷蔵庫に余っていたありあわせの食材であっても、素材それぞれのよいところを見つけ出し、引き出して、とびきりおいしい料理をつくる人がいるように、真のプロフェッショナルは、目の前の条件が厳しければ厳しいほど、めらめらとチャレンジ精神がわきあがってくるものなのです。
ジル・サンダーというデザイナーも、きっとそうなのでしょう。 しょせん低価格品なのだから と諦め、手を抜くのではなく、すばらしいモダンデザインを多くの人々へ届ける という、夢のある仕事へと変身させてしまうのですから。

+Jのカットソー

「+J」 は、秋冬コレクション3回、春夏コレクション2回、計5回のコレクションが発表され、日本国内では一部のユニクロ30店舗で、海外ではニューヨーク、パリ、ロンドンなどの店舗でも販売されました。 僕は、2010年春夏コレクションのうちの一着、 レイヤードVネックT という、長袖のカットソーを使っています。
ジル・サンダーの手がける衣類は、ミニマルとかシンプル、などといった具合に巷では表現されているようですが、たぶんそれは 「無駄を省いた」 とか、 「単純にしました」 といった類のものではなくて、素材に対する想いを追求した結果そのようになったのではないか、と僕は考えています。 つまり、ユニクロの定番製品とは似て非なるものではないかと…。

イタリアやフランスなど、立体的な縫製技術によって、脈々と受け継がれてきた伝統の流れに裏打ちされた西欧のブランドでは、着る人のフィット感を重視したスタイリッシュな衣類を得意とするところですが、これらは全て、快適な着心地を得るために生み出された高度な技術があってはじめて成り立っているはずです。 格好だけよくても、窮屈で人の動作にそぐわない洋服など意味がないのですから。
「+J」 もやはり、フィット性のすこぶる高いもので、着る人のからだのラインから導き出される 美しいライン を過たず見い出し、衣類へと翻訳しているのだろうと想像するのです。 そして、その美しさは、常に 快適さ とともにあるはず。

製作にあたっては、デザインはもちろんのこと、生地の選択からカッティング、縫製方法にいたるまで、デザイナー自身が手がけています。 いくら低価格の衣類であっても、美しくないもの、快適でないものは論外ですから、素材の扱い方が殊のほか重要なのです。
カットソーの生地は薄手の綿89%、ポリウレタン11%です。 天然繊維である木綿の割合が高いのは、素肌に近い衣類の着心地や肌触りを重視しているからですが、反面、汗を吸収しやすいので、春夏シーズンの着用を考えると、汗で生地が肌に張り付いてしまい、どうにもいただけないことになってしまいます。 ただですら衣類がからだにフィットしているのですから。
そこでデザイナーは、汗は吸収しにくいけれど肌触りの劣る、ポリエステルなどの化学繊維に安易に流されることなく、適度なフィット感を維持しつつも、着る人と衣類との間に、ほんのわずか 「空気の層」 を確保して、袖口や裾から取り込んだ空気が全体をするりと通り抜けて、V字の襟口からきれいに排出される 「風の道」 をつくっているのではないか、と僕は解釈しています。
風のように目にはみえないけれど、肌で感じるもの、それを視覚化したものが彼女のつくる衣類なのだと。

+Jのカットソー

ふっくら白い生地はやんわり薄く、そのまま仕立ててしまうと、全体がぺろんとしていますから、袖、襟、裾口にそれぞれ別布を縫い付けて、だらけた印象にならないよう、適度にしゃきっとした感じにまとめています。 この 別布 が付加されることで、擦り切れたりヨレたりしないように、さり気なく補強しつつ、そこだけグレーに染め上げ、同色のステッチとあわせてチラっと覗かせることで、さわやかな、どこか清潔な印象を、そこはかとなく醸し出しているのでしょう。
ジル・サンダーの、生地に対する選択眼と色彩感覚には、他の追随を許さない、非凡な才能を感じてしまいます。 殊に、グレーの解釈の見事さには目をみはるものがあります。 グレーを 無難な色 と考えるか、それとも、途方もなく奥行きのある 神秘の色 と考えるか。 この違いが、その後に生み出される衣類の印象を、大きく左右するはずです。

あらゆる難題から逃げることなく、快適で美しいモノを創造する。 それは決して高価ではないけれど、豊かなファッションも成し得るのだと、一人のデザイナーが確かに証明してみせたのです。 指をパチンと鳴らすことなく…。
 
06月01日(金)

何必館

京都の人は、恐ろしく手の込んだことを、実に巧みに、自然で、何でもないようにみせてしまうものだと、その才能にはつくづく感心してしまいます。 多くの人々を魅了してやまない 京都らしさのひみつ というのは、どうやら、そのあたりに隠されているのかもしれません。
祇園の街を歩いていて、四条のにぎやかな通りに面した美術館の存在に気づいている人が、一体幾人いるのだろうか? などと疑問を抱いてはいけません。 「掃き溜めに鶴」 という表現が適当かどうかは別にしても、ある程度は高密度にせざるを得ない、繁華街に建つ現代建築として、物静かな気配のなか、ここまで京都らしさを感じさせてくれるビルディングを、僕はほかに知らないのですから。

ちょうど町家一軒分を建て替えたと思しき、私設の美術館は 「何必館(かひつかん)・京都現代美術館」 と呼ばれています。
本来美術館は、展示される作品が最も好ましい環境で溶け込み、そこに鑑賞者が訪れることではじめて、しっくりと空間が満たされる、そんな場であるべきだと思うのです。
何必館は、このような 作品と鑑賞者の居場所 をつくりたいと願い、決して妥協することなく、昔気質の棟梁が一軒の家をこつこつと仕上げてゆくような丁寧さと、真摯な姿勢でもって、本質を見失うことなくカタチにしたに違いありません。 その証拠に、5つの階の展示空間にそれぞれ微妙に異なるしつらえを施し、そこここに特別な場所を設けたりしています。 それらには、コレクターの作品に対する愛情と尊敬の念を感じるに十分な仕事を見出すことができて、作品ばかりか、その前に立つ鑑賞者も、お互いに居心地がよいのです。

これは住宅にもいえることなのですが、居心地よい場をつくるためには、建物本体だけでなく、 「内側」 と 「外側」 それぞれのつながりを保つことができるか否かが大切で、何必館の場合、このあたりの解釈が実のところ、心憎いほど上手いのです。

「内側とのつながり」 というのは、家具や道具などの扱い方を意味しています。 何必館では、キュレーターが腰掛けている、展示室の片隅に何気なく置かれている椅子が、よくあるパイプ椅子ではなく、イタリア製の革張りであったりしますから、彼女たちも快適に仕事ができ、そこに椅子があるだけで、空間そのものが画にも、詩にもなり得ます。
階段室にはやはり、さりげなく、ちいさな、しかし驚くほど上質な李朝の家具が置いてあって、これが本当に美術館なのだろうかと疑いたく…。 いえ、よくよく考えると、これこそが本来の美術館の姿なのだと解釈しなければいけません。
展示空間には 「間」 が重要で、目いっぱい作品が押し込められていない部屋には、肝心な場所にぽつりと、日本あるいは朝鮮でしょうか、明らかにどこかの農家の庭先に置かれ、何十年と雨ざらしにされ、日々の農作業やちょっとした休憩の際に使われていたであろう、節だらけで、おまけに角は朽ちて丸くなった、ぼそぼその粗末な木製の床机が置かれてあって、きっと気のよいお百姓さんであれば、タダで譲ってくれたかもしれない。 そんな気取りのない素顔の生活道具に、北大路魯山人の花器を置き、季節の草花添えてみると、とたんにその場が床の間のような神聖な空間になって、(粗末な)床机の前に立つ僕は、目の前の立派な絵画作品も、日々の生活道具も等しく美しいのだな!と素直に感じ入り、しばらくその場から動くことができないのでした。

「外側とのつながり」 というのは、市街地の喧騒のなかで、適度に開き、適度に閉じながら、いかに静謐な環境を確保できるかを意味しています。 1階のエントランスは、祇園の目抜きである四条通から、数メートルだけ距離をおいて、黒い石張りの壁の路地空間を設けることで、道行く人々が、ややもすると気づかなくなるくらいにまで気配を抑えています。
そしてもうひとつ、京の人々が育んできた極小の庭園 「坪庭」 を、立体的に積み上げたコンクリートの現代建築に応用した空間が、最上階の5階にあります。

何必館

近くて遠い、5階展示室へ行く方法はただひとつ。 少々古めかしいエレヴェーターに乗ることです。 エレヴェーターが5階に到着し、扉が開いた瞬間、目の前にしっとりと緑色にかすむ 「光庭」 が現れるのです。
人々が慌しく行き交う四条通は無論、要所要所に重厚な自然石を惜しげもなく使った館内に、ぽつりぽつりと草花が活けられた、ほんのり薄暗い下階の洞窟的な世界から一転、フロアの中ほどにしつらえた六帖間ほどの土の庭には、主木となる一本のカエデが、あえて中央からずらされて、楕円形に切り取られた空へと枝葉を伸ばし、 もうここしかない という位置に、自然石を据え、シダを添え、一面をびっしりと苔が覆う。 木漏れ日につつまれた、平和な、一見したところ自然なようで、とてつもなく人工的な職人技が地上十数メートルに実現した理由。 それは、 「ここが京都だから」 です。
近代建築史上、屋上庭園はその楽園的イメージとは程遠い、殺風景な現実にすぎなかったと誰もが挫折した、理想と現実の間の分厚い壁を、誇り高い京の職人はさらりと乗り越えてしまう。 京都であれば誰もが納得する奥深い世界が、ここでは確かに息づいているのです。

エレヴェーター・ホールと光庭との間には、全面にガラスが入れられています。 隣のラウンジも同じように大きな一枚ガラスで区画され、クリアな視界を確保しつつ、空調管理された室内環境が維持されています。 あくまでもここは都市型の美術館なのですから、当然といえば当然です。
それなのに、さらに奥に足を踏み入れると、水屋のある、八帖間の茶室がしつらえてあり、待合いを兼ねた石畳の露地空間は、ガラスも何もない、光庭とは筒抜けの吹きさらしになっていて、この場に立って苔の香を嗅ぎ、木漏れ日を見、さらさらそよぐ風を感じてようやく、なぜここにしっとりとした庭が必要なのか、その理由が何となく分かったような気になるのです。
苔や自然石の据えられた(人工の)庭には水が打たれます。 この美術館でも、毎日開館前にきちんと水を打ってから、来館者を迎えているはずです(そのために、光庭の一角に目立たないように散水栓が仕込まれていますし、ガラス窓との間に幅30cmくらいの石を敷いて、苔を踏まないように水を打ったり、窓拭きができるように考えてあります)。
この坪庭の しっとり感 は、植物や人間たちには心地よいのですが、絵画などの美術作品にとっては、必ずしも好ましい環境とはいえません。 美術作品に湿気は大敵で、カビや劣化の原因となるからです。
どうやら吹きさらしの露地や茶室は、茶事のためにつくられたというよりも、作品展示のためにつくられているようです。 実際、八帖の茶室の床の間には、この美術館秘蔵の逸品が軸装され展示されています。 たとえその企画の内容が写真家の作品展であっても、写真をわざわざ掛け軸に仕立ててしまうくらい、想いを込めて展示している。 この床の間が最大の見せ場であることが、痛いほどこちらに伝わってくるのです。

茶室は露地に開け放たれているので、光庭を通して、しっとりとした空気とともに、暑さ寒さも当然伝わってきます。 驚くことには、吹きさらしの露地にも作品が展示されているのです。 さすがにガラスを入れた額に収めてはありますが、美術館の常識ではとても考えられないことだと思います。
露地の壁に掛かった作品には、一切の人工照明は当てられていません。 光庭からカエデの葉を透かしてようよう届いた光が、苔によって吸収され、あるいは拡散された、儚くも美しい、かけがえのない あかり だけを頼りに作品を鑑賞できるなんて、何と素晴らしいことでしょうか。 作品の背後は土壁で、この裏にコンクリートがあることは承知していても、何cmか、ある程度の土の厚みを感じ取ることができる。 まがい物ではない、本物であることは、みる人がみればすぐに分かります。
この壁を塗った左官職人は只者ではない。 確かな腕前の持ち主が、職人の誇りにかけて仕上げた壁は、どこかあたたかで美しい。 そして、露地のちいさな壁から丸太柱一本隔てた、光庭のおおきな壁一面も、同じように土壁で一気に塗り上げていることに気づくのです。 左官職人の技量は、土壁の平滑さをみると腕のほどが分かってしまうものです。 しかし、腕の立つ職人ほど多くを語らない。 見事な仕事も、いざ出来上がってしまうと限りなく寡黙で、ひっそりと庭を引き立て、ただただ静かに作品たちを支えているのです。

もし、この庭が完全にガラスで閉じられてしまっていたら、そのような寡黙さに気づかなかったかもしれません。 だから僕は、なぜ生きて呼吸している植物たちがここに必要だったのか、少しは分かるような気がするのです。