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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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05月16日(水)

葵祭

日本画家、小林古径が 「竹取物語」 を絵巻物として描いていることをご存知でしょうか。
誰もが幼い頃、慣れ親しんだに違いない、平安朝の初め頃につくられたであろう日本最古の物語。 そのクライマックスともいえる、輝くほどに美しい かぐや姫 が月からの使者に伴われて天へと旅立つ、あまりにも有名な 昇天 の場面を古径は、十二単(じゅうにひとえ)に身を包む姫の姿を、斜め後方から描写することで見事に表現している。 きっと、そこにはSF映画にみられるような特別な効果音などなく、不思議な浮遊感をもって静かに移動してゆくはず。 育ての親である 竹取の翁(おきな) も、屈強の武士たちも、成すすべもなく見送るほかないくらいに。
僕はこの場面をみると、どうしてでしょう、京の 「葵祭」 を想像するのです。 もしや、この物語の作者は、 葵祭(古くは 賀茂祭 と呼ばれていたそうです) から着想したのではなかろうかと。

からりと晴れた五月の午後、僕は葵祭をみるため、歩いて15分ほどの賀茂川(鴨川)のほとりの加茂街道に、いそいそと出かける。 ケヤキの新緑がまばゆい雨上がりの街道は、平安貴族そのままの優雅な一行のために、しばしの間車両の通行が規制され、この場所本来の静けさを取り戻す。 普段は喧騒にかき消されている賀茂川の堰の水しぶきの音が、さあーっと遠くから届くのが心地良く、木陰の歩道が市民のささやかな観覧席となる。
「わっしょい、わっしょい」 といった、賑やかな祭がどうにも苦手な僕は、演奏どころか掛け声一つないこの静謐な巡行が、しずしずと通り過ぎるさまを、適度に日差しを遮り、あるいは透かす、みずみずしい新緑を背景に、賀茂川の流れをかすかに聞きながら眺めることを何より好む。 ここでは観客は皆、マナーよく、こころ静かにきちんと並んで見守っている。 行列には牛や馬も多く参加しているので、彼らを驚かせてはいけないのですから。

行列の歩みは実にゆるやかで、のどかな春の河原の風景に限りなく調和している。 こういうのを 雅(みやび) とでもいうのでしょうか。 時代は変わっても、この時間の流れ方は、いつまでも変わることなく受け継がれている。
重厚な漆塗りの 牛車(ぎっしゃ) でさえも、藤や桜の花で飾られると不思議と軽やかに、五月の風に揺られ、心持ちきしみながら夢のように目の前を通り過ぎてゆく。

葵祭

現代のお姫様ともいえる十二単姿の 斎王代(さいおうだい) が、 腰輿(およよ) と呼ばれるフタバアオイの葉で飾られたちいさな輿に乗って、音もなく、すうーっとすべるように行き過ぎる。 はっと気付いてその麗しい後姿を眺めると、あの十二単のみ許される、長い裾の幾重にも重なる着物の波が、輿の後方へとしなやかに流れゆくさまが、かつて絵巻物でみた、天人を従えて月へと旅立つ かぐや姫 の後姿に重なって、名も知らぬ竹取物語の作者も、後に絵巻物を描いた古径も、それぞれ時代は違っても、永劫変わらぬ時間の流れのなか、この行列をみていたのだろうかと…。

葵祭
 
05月01日(火)

LC1 スリングチェア

もし、伝統的な日本家屋での暮らしのなかで、空気の流れや開放感を損ねないように…。
そう、たとえば座布団のように自由な感覚で、座り心地のよい美しいたたずまいの椅子を違和感なくコーディネートするとしたら、僕はあえて 「LC1」 を選びたいと思います。

LC1 とは、 スリングチェア(SLING CHAIR) とも呼ばれる椅子で、1928年に ル・コルビュジエ(Le Corbusier)、ピエール・ジャンヌレ(Pierre Jeanneret)、シャルロット・ペリアン(Charlotte Perriand) の3者によってデザインされ、現在もイタリアのカッシーナ(Cassina)という家具メーカーで生産されています。
残念ながら僕自身、 LC1 を所有しているわけではありませんが、幸運なことに京都国立近代美術館のロビーに設置されていて、誰もが自由に利用できる環境にあるので、すっかりお馴染みの存在になっているというわけです。

LC1 スリングチェア

美術館の建物は、1986年に槙文彦の設計により開館しましたが、LC1 もその際に誂えたのではないでしょうか。 白いレザーは特注仕様と思われます。
金属パイプをフレームに採用した椅子としては、家具の歴史のなかでも最初期に属しますが、 毎年毎年数え切れないくらい多くの椅子が登場しては消え去る という繰り返しのなかで、80年以上経っても斬新さを失わない LC1の魅力 とは、一体何なのでしょうか。 また、肝心の 座り心地 はどうなのでしょうか。

美術館にある LC1 をみる限り、四半世紀あまり公共の場に置かれていたにもかかわらず、支障がないどころか、白いレザーの細かいキズや汚れが、むしろ 使い込まれた証し として、新品よりも遥かに好ましく感じるのは、おそらく僕だけではないでしょう。 しかも、ようやく アタリがついてきたかな という感じなのです。
パーツはフレームにはスチールパイプ、 座板 背板 およびアームにはレザーが使用され、主にこの2種類で構成されています。

LC1スリングチェア

一見すると、華奢なようにもみえるフレームは、肉厚で剛性の高いパイプが確実に溶接され、最小限の部材で十分な強度が確保されているものと思われます。 ただし、例外的に背のフレームのみ回転軸によって支持されていて、座る人の姿勢にあわせて、クルクルと自在に追従する仕組みになっています。
ところでこのフレーム、よくみると人の重みのかかる部分、たとえば おしりから太もものあたりにかけて は、フレームが省略されていますし、 背の部分も 背中が触れるところ は、フレームが湾曲していて、身体が直接触れないように工夫されている点、ご理解いただけますでしょうか。 アームの部分についても同様のことがいえそうです。 では、一体どのようにして人のからだを支えているのでしょうか。 それは 「レザーの張力」 が分担しているからなのです。

レザーは、座、背、アーム のいずれの部分も非常に分厚い、かなり厳選された材料が2枚、双方共外側が表を向くようにして重ねられ、しっかりと縫い合わされています。 ただし、レザーはその特性として(特に荷重のかかる場合に)経年変化で伸びることが予測されます。
これに対処する方法として LC1 では、スプリングを用いて座と背の端部同士をつなぎ、常に たるみのない状態 を維持しています。
この 「2重に補強されたレザーをスプリングでつなぐ」 という明快なアイデアは、適度な硬さの自然な座り心地を得ることに見事に成功していて、フラットでスマートなスタイルとは裏腹に、きわめて安楽性の高いものになっているのです。 座と背の位置や角度も適切で、デザインに矛盾な点がみられないのは、入念な試作を経てたどり着いた結果なのでしょう。

一方、アームは 「ループ状のレザーを前後のフレームに引っかけただけ」 という、 潔い としかいいようのない取付けられ方をしていますが、これも両腕をあずけた時の しなやかな感覚 には独特の心地よさがあり、異論をはさむ余地はありませんし、指先の触れるパイプ同士の溶接部分や、端部のストッパーも美しく処理されていて、視覚だけでなく 手触り にも十分な配慮が行き届いていることが理解できます。

LC1 スリングチェア

たいていの椅子は、前面や側面の形態や仕上がりを意識してつくられる場合が多く、(どちらかというと目立たない)背面にまでは気配りが行き渡らない製品も少なくないように見受けられますが、こと LC1 に関しては、背板の裏面のスプリングが むき出し であるにもかかわらず、不思議と違和感なくまとまっているから驚きです。 むしろ 「斜め後方からのスタイルを意識して、このデザインが生まれたのではないか」 と疑って余りあるほど、実に格好よく出来上がっているのです。

そのような意味から、 もし、この椅子が 眺めのよい縁側 などにさりげなく置かれてあったとしたら、上質の2枚の座布団が ふわり と宙に浮いて、座と背の位置に自然と落ち着くかのように、いたずらに視線や空気の流れを遮ることもなく、いつまでもいつまでも、そこにあり続けることでしょう。