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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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02月15日(水)

ジョルジオ・ブラート のレザーシャツ

鮮やかな色彩に染められた美しい革製品が店のショウ・ウィンドウに並び、華やかに着飾られる片隅で人知れず、素材の声に耳を傾けながら革を染め、洋服を仕立てる人がイタリアにはおります。

家業の革職人を継ぐかたちで自身のブランドを立ち上げた ジョルジオ・ブラート(GIORGIO BRATO) は、様々な植物をブレンドした天然の染料を考案するところからモノづくりをスタートするのだと知るにおよんで、頑固で職人気質なデザイナーかなと想像するのですが、昔から 頑固で偏屈なおじいさん 的な人物に対して、漠然とした憧れを抱いている僕としては、ある意味彼は 「理想の教師像」 でもあるわけです(実際の彼はまだ青年ですが)。

ジョルジオ・ブラートのレザーシャツ

かれこれ何年も着古されたこのレザーシャツは、何でも子羊の革をジョルジオ・ブラート秘蔵の染料で染め上げた一着らしく、当初からお世辞にも綺麗な色ではなく、むしろ小汚い印象さえあったほどなのですが、 「素材と言葉を交せるのではないか」 と思えるくらいに偽りのない姿を、そこに見い出すことができるのです。
天然の植物染料で染められた革は、当然ながら 色褪せ するのですが、そこは元々が綺麗色ではないせいか、褪せれば褪せるほどに、色むらや、キズ、シミなどが自然に馴染んで、とても個性があるのです。 人間でもそうですが、生きていれば誰だって傷もつきシミもできます。 自然界の動物であれば尚更です。

ごくごく普通にみえるシャツの形態も、実は男性らしいスタイルを巧みに引き立てるよう絶妙なラインで構成されていて、日本のそれとは全く別の次元にあります。
裏地は肩の部分に申し訳程度に、木綿の生地が縫い付けられているだけで、基本的に 革の裏むき出し です。 しかし子羊の革はとてもやわらかで、裏側も上質のカシミアにも似たやさしい手触り感があり、何よりもこの裏側の匂いが思いのほか上品なのです。
着る度にインナーの衣類に、裏側の 革の粉 みたいなものが、ぽつぽつとくっ付いてきます。 さすがに何年も着続けると少しずつ粉の量は減っていますが、それで嫌になるどころか、かえってこのレザーシャツを脱ぐ度に 「そうだ、生き物の皮を頂いているんだな。 これもやっぱり子羊からの贈り物なのかな?」 といった、あたたかな感謝の気持ちに満たされます。

ジョルジオ・ブラートのレザーシャツ

一見したところ、大らかにさえみえる縫製も、これはイタリア製品全般にいえることですが、思いがけず繊細な一面があり、日本では到底手に入らないような上質なボタンを縫い付けている糸(たぶん絹糸)が、ほろほろとあっけなく解れてしまうこともしばしばで、ややもすると紛失してしまうのですが、革の色褪せやキズも同様、時間の経過とともに体に馴染みながらも、知らず知らずのうちに少しずつ朽ちてゆく、いいようのない儚(はかな)ささえも含んでいる…。

そのような頑固者の 「美学」 を感じずにはいられないのです。
 
02月01日(水)

水之江忠臣 の図書館椅子

札幌の大通公園に、彫刻家のイサム・ノグチが手がけた滑り台 「ブラック・スライド・マントラ(Black Slide Mantra)」 が設置されていることをご存知でしょうか。 雪国の子どもたちのために捧げられた、雪景色にも映える黒御影石から生まれた贈り物について彼は、 「彫刻とは何なのか、おしりの先から少しずつ分かってくる」 といった意味の言葉を残していたと記憶していますが、まるで詩のようなこの言葉の意味を、再び考えさせてくれる出来事が先日ありました。

どうしても調べたい資料があって訪れた京都府立大学の附属図書館は、他の校舎も含めて、おそらく1960年代頃に建てられたものではないかと想像するのですが、耐久性の高い公共建築であっても、せいぜい40年くらい使っただけで 「老朽化したから」 とかいって、何もかも取り壊してしまいたくなる人たちで埋め尽くされたこの国で、たまたま予算がなかっただけなのかもしれませんが、内装や備品類まで、当時のまま大切に使い続けているこのちいさな図書館は、日々接している学生や職員の皆さんにとっては、何だか古臭く、時には野暮ったく感じられているかもしれませんが、派手さのかけらもない、質素に営まれているこの空間の閲覧室に整然と並んだ、何ということもない椅子に腰下ろしてみると、この使い古された図書館の椅子が紛れもない 名作家具 であることに、僕はおしりで気付いたのでした。
よほど視覚に敏感なはずの僕ですら、座ってみるまで存在すら知る術もなかった、そのくらい一歩も二歩も引いた謙虚さを纏った、ローコストで生産されたに違いないであろうこの椅子は、建築家としての側面を持つ家具デザイナー・ 水之江忠臣(みずのえ ただおみ) が手がけた 「サイドチェア T-0507N」 だったのです。

サイドチェア T-0507N は、もともとは1953年に、建築家の前川國男によって設計された神奈川県立図書館の閲覧室のための椅子を、当時前川の事務所に在籍していた水之江が担当したことをきっかけに、度重なる試作を繰り返した後、1955年に山形県の天童木工で製品化されたという経緯があり、発売されて以降も、水之江自身によって細やかな修正が続けられ、現在まで絶えることなく販売され続けている。1950年代の日本では、当時最新であった成形合板の加工技術を取り入れた、耐久性が高く、座り心地のよい、何よりも誰にでも手の届く、安価で量産性に優れた椅子づくりのために、努力を惜しまないデザイナーとメーカーが確かに存在していたのです。
学問の妨げにならないよう控えめな姿で、それでも熱心な学生諸君のために、少しでも長く快適な座り心地を、と座面にはささやかにも、薄いクッションの入ったビニールレザーが張られた、知る人ぞ知る 日本の名作椅子 から、学ぶべき内容の何と多いことでしょう。

サイドチェアT-0507N

「図書館椅子」 の愛称でも親しまれる、この家具の簡素で堅実な構成は、もしかすると ジャン・プルーヴェ(Jean Prouve) が1942年に手がけた木製椅子 「CHAISE EN BOIS」(※ジャン・プルーヴェは、1930年から50年代頃にかけて、スチールを取り入れたモダンな家具をデザインしていたことで知られていますが、戦争による物資制限の都合か、一時期に限って木材をメインにしていたことがあります) から影響を受けた可能性もあるのかもしれませんが、それでもプルーヴェを含めた西欧の椅子はどれも、座面や背板を引き立てて存在感を際立たせるデザインであるのに対し、水之江の椅子は、側面のフレームにありふれたブナの板材を用いて、その面をきちんと垂直に揃えた上で、両脇から座面と背板をかっちりと挟み込んでいる。
こうすると、気の遠くなるような試行錯誤の末にようやく成し遂げた、微妙な三次曲面を描く成形合板の座面も背板も、その存在感を主張することなく、行儀よくフレームの狭間におさまって 影を潜めてしまう ことになるわけですが、構造上は両端のフレームをしっかりとつなぎとめることになるので、最小の部材で、公共的な使用にも耐えうるだけの十分な強度を確保する効果があるのです。

それでも 「存在感を主張しない」 ということになると、デザイン上は好ましくないのではないか?と思われるかたも居られるもしれませんが、図書館のような静かな環境で、何十脚と並ぶ椅子は どうあるべきか ということを、建築家でもあるデザイナーは誰よりも分かっていたに違いありません。
ちょっとみただけでは分からないけれど、座ってはじめて感じるこの椅子の心地よさは、成形合板の特徴でもある三次曲面の窪みや微妙な取り付け角度であることは、もはやいうまでもありませんが、両脇から挟み込むようにして垂直に立ち上がった、板状の木製フレームに護られているような 妙な安心感 が作用していることも忘れてはならないでしょう。 そして、そのフレームの後脚は、背板を挟み込むように上まで伸ばされて、背板の心地よい傾きにあわせて角度が変えられ、ちょっとした椅子の移動の際のハンドルとしても機能するように考えられている。
けれども普通は、その先端は背板と同じ高さで揃えるか、あるいは背板よりも少しフレームを伸ばすなどして、椅子全体のシルエットを きりっと引き締める といった、心憎いテクニックも欲しいままにできたにもかかわらず、あえて 寸足らず に縮めてしまう。 そうすることで、意図的に人の目線に近い 背板のシルエット を曖昧にぼかしてしまって、ずらり並んだ椅子が気に障らないよう、図書館であれば読書に集中できるように。
脚下が細められ、補強のための 貫(ぬき) を省略しているのは、読書の際に利用者の足の邪魔にならないように、というだけでなく、床を掃除する職員さんの労力を少しでも抑えるために、何十脚、何百脚という椅子の脚下に掃除機やモップがストレスなく入るようにと…。

すべてはその椅子に関わる人たちのために、自己主張や自己満足で完結しない 広いまなざし でつくられていることが、ちょっとみただけでは分からない、ちょうど イサム・ノグチの滑り台 のように、おしりからじわじわとよさが伝わってくる。 そんな家具が、この国にはあるのです。