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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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01月15日(日)

ともだちがほしかったこいぬ

奈良美智の絵本 「ともだちがほしかったこいぬ」 を書店で手に取ったのは、出版したばかりで目立つ場所に大量に平積みされていたからではなく、1990年代中頃から何度か手がけられていた、あの 「犬の立体作品」 が表紙に描かれていたからでした。
その犬(FRP製です)は、いつも寂しそうにうつむいていますが、それでもしっかりと両足を踏ん張って立っていて、近年でも繰り返し登場していますので、作者の思い入れもことさら強いのかもしれません。 だから、この犬を主人公にした絵本を一度、つくりたかったのかもしれませんね。

ともだちがほしかったこいぬ
「ともだちがほしかったこいぬ」 奈良美智 作  (マガジンハウス)


確か、この絵本が生まれた経緯(いきさつ)は、夕食の際に絵本の企画で盛り上がり、一晩のうちに一気に描き上げた と聞いています。 それが、物語となって展開されるこの絵本の、いわば 前半部分 です。
物語は、 友達がいなかった(とってもおおきな)子犬が、一人の(ちいさな)女の子と出会って 仲良しになる という内容で、子犬の足先にちょこんと乗っかった女の子(そのくらい大きな子犬なのです)が、それはそれは心地よさそうに本を読んでいるシーンで一旦締めくくられています。
きっと、絵本を手に取ったどなたもが軽快なテンポで、いつもの絵本よりも早いペースで読みすすめることと思います。 一晩で描き上げた 気分 が、読者に伝わるからなのでしょう。

ところがこの絵本、後から描かれたであろうと思われる 後半部分 があるのですが、こちらは前半の即効的な絵とはうって変わって、じっくりと描かれた、いわゆる タブロー(絵画) のような感じなのです。 何の言葉も添えられず、見開きで4つのシ-ンが展開します。
前半部分 を読み終えて、何気なく 後半部分 へとページをめくった瞬間、これまで経験したことのない不思議な感覚に包まれるのです。

僕は作品に向き合う際はいつも、作品との 間合い を大切にするようにしています。
間合い とは、一般的には武道などで相手に対峙する際の、攻撃をする、またはされる側との距離のことを意味するのですが、個人的には、作品と一体となれる適度な距離を 間合い と呼んでいます。
絵本も作品のひとつと考えていますが、 本 ですから、普通手に持って目から大体40cmくらいでしょうか。 これだけの距離感をもっていつものように読みすすめて、例の 後半部分 にページをめくった瞬間に ぐうーっ と、こう 間合い が崩れてしまって、4つのシ-ンのなかに入り込んでしまうような、おおきな子犬とちいさな女の子の世界にとても近く居ることができるのです。
そうなると、なぜか時間の流れも気にならなくなって、 何だか視点が高いところに移っているみたいに…。 空を飛ぶと、こんな気分になるものなのでしょうか。

少なくとも作者は、僕が勝手に 前半部分 と呼んでいるシ-ンを描き終えて、これでも完成でよかったのでしょうが、その後の余韻のなかから 言葉の必要ないくらいのシーン が自然と浮かんできて、それをしっかり 掴んだのではないか という気がするのです。
それが結晶のように4点の作品として残り、「ともだちがほしかったこいぬ」 が完成した。そうして、読者に物語のずっと奥にある 本当の世界 を伝えることができたのではないか。 そんなふうに想像しています。
 
01月01日(日)

庭の手水鉢

アトリエとして使っている町家の座敷から縁側をはさんで、ちょうど京間の四畳半くらいの広さのちいさな庭の隅っこに、 手水鉢(ちょうずばち) が据えられています。

庭の手水鉢

お茶をたしなまれる方にとって手水鉢は、茶事に際し、そこに満たされた水で手を洗い、口をすすぎ、心身を清めるための大切な装置、つまり 蹲踞(つくばい) となるわけですが、ここはもともと庶民の住宅です。 トイレへと渡る縁先に置かれているのは、生活道具として、日常的に使われていた 名残り なのかもしれません。
しかし、それは昭和のはじめ頃のお話です。
おそらく、僕が越してくるまでの長い間、この手水鉢は水穴の底に濁った水を溜めたまま、誰の役に立つでもなく ぽつん とたたずんで過ごしていたのでしょう。

以来僕は早朝、この手水鉢に新鮮な水を満たすことが日課となり、やがて庭の木々を映し出す水盤のような存在となりました。
すっかり本来の輝きを取り戻した手水鉢。 折角ですし、柄杓(ひしゃく)を用意して手水として使おうかな などと思案している間に、近所の小鳥たちに先を越されてしまいました。
どうやら、彼らには鉢のカタチや水穴の深さが実に都合よく出来上がってるらしく、水を飲んでのどを潤したり、水浴びしたり と、存分に活用しているのです。 この庭は、建物や塀に囲われ、適度に軒や樹木に覆われているために、外敵から襲われる可能性が低い環境にあるらしく、なかなかお気に入りのようすなのです。

庭の手水鉢

「コロコロ」 と、ちいさな鈴を転がすような声とともにメジロ達が連れ立ってやって来ると、「パチャパチャ」 と水浴びしてゆきます。 そのお礼に、木々のあちこちから虫をついばんでくれたりもします。
「ピーピー」 とやって来るヒヨドリは大変なきれい好きとみえて、繰り返し水浴びしてゆきます。 こちらは 「バチャバチャ」 と周囲を毎日水浸しにしてゆきます。

野鳥に詳しい方に話すと笑われてしまいそうですが、ヒヨドリは真冬でも寒くないのか、平気で水浴びしているのです。
早朝の気温が氷点下近くまで下がると、たまに鉢の水が凍ることがあるのですが、そういう場合は、彼らが水浴びしやすいように、僕があらかじめ氷を割っておくのですが、氷点下3度くらいまで冷え込んだ日は、氷が厚くて割れなかったりします。
それでも寒くないのか、それとも余程水浴びが楽しいのか、いつも通りにやって来たヒヨドリは、凍った水面に気づいてしばし呆然と立ち尽くしていましたっけ。 ぽかんと口をあけたまま。

しかし皆さん、彼(彼女でしょうか)に同情する必要はありません。 翌日に思う存分周囲を水浸しにして帰りましたから。