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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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12月15日(木)

シュロの箒

毎朝、家を掃除をする時は、まず窓を全開することにしています。
真冬は寒いのではないか と心配される方がおられるかもしれませんが、建具を閉めていても室内は外気温と左程変わらないので、結局これがよいのです。
玄関先や表の道路は竹箒などを使いますが、室内では基本的に シュロ箒 を使っています。

内藤商店のシュロ箒

棕櫚(しゅろ) は、ヤシ科の植物で当たりが柔らかく繊細。 掃き掃除の時も、いたずらに埃を巻き上げることもなく、その しとやかな物音 は耳にも心地よく響き、所作さえも美しく、見た目も上品に出来上がっています。

幸いにして京都に住んでいるので、シュロ箒は三条大橋のすぐそばにある 内藤商店 で買い求めることができました。
内藤商店は、かれこれ200年近くシュロ製品を扱っているお店で、人や車が がやがやと行き交う通りに面しているにもかかわらず、一歩お店に入ると空気が澄み切っていて、何だか安心します。

店内に並んでいる箒はどれも、柄の竹の長さだけでなく太さ、それからシュロを束ねた穂の部分の厚みや巾なども少しずつ違えてあります。 これは 手づくりだからたまたま違っている のではなくて、使う人の使い方に合うように、好みのサイズを選べるように、 職人さんが考えてつくってくれているのだ ということを、僕は分かっているつもりです。

お店の方は、僕のちいさな手に似つかわしい、やや細身の箒を選ぶのを見届けると 「ちゃんと使うと10年は十分もちますよ」 と、掃くときは箒の先を寝かしすぎず、立てて畳を軽く叩くようにすると上手に使えること。 シュロの穂が暴れてきた時は、少しだけ水気を含んだ手で時々整えてあげること などを、丁寧に教えてくださいました。

写真では、撮影用に穂の部分を床に着けて立てかけてありますが、普段収納の際は壁に掛けて吊るしたり、逆さに立てかけて置いたりしています(穂先が歪まないために)。

お店では、持ち帰る時にシュロの部分が傷まないよう、油紙で丁寧に包んでくれました。
その手つきは、他のどんなお店にも負けないくらい、 心のこもった あたたかいものでした。
 
12月01日(木)

シャルロット・ペリアン のシェーズロング

1931年、パリ郊外に建てられたサヴォア邸は、建築家 ル・コルビュジエ(Le Corbusier) 初期の代表作として、つとに知られるところですが、この有名な別荘(週末住宅として使われていたようです)の主寝室に隣接するバスルームは、壁やドアで仕切られることなく、ちょっとしたタイル貼りの立ち上がりのようなもので水仕舞いをしていて、広々と開放感のある空間をつくりだしているのですが、まるで 天女の羽衣 がひらひらと舞い降りてきたかのようなタイルの出っ張りは、湯上りにふと寝そべってみた天女の肩からおしり、かかとまでの優美なラインを、コルビュジエが忠実にトレースしたのだろうかと疑わずにはいられない、それはそれは魅力的なカタチをしているのです。
1920年代の後半頃、コルビュジエといとこの ピエール・ジャンヌレ(Pierre Janneret) は、彼らの手がけるモダンで機能的な建物にふさわしい家具や生活のための設備が必要と考え、当時クロームメッキの施されたスチールやアルミニウムなどを使った斬新なインテリアを発表していた シャルロット・ペリアン(Charlotte Perriand) をパートナーに加えて、数多くの優れた家具 「LCシリーズ」 を生み出しました。 それは1928年、サヴォア邸の設計がはじまった頃、ペリアンはまだ20代半ばのうら若き女性でした。

LCシリ-ズは、ル・コルビュジエ、あるいはピエール・ジャンヌレがアイデアを出し、シャルロット・ペリアンが材質の選択や細部のおさまりをまとめながら、プロトタイプ(試作品)の制作までをも手がけていたものと思われます。
偉大な建築家のデザインは確かに優れてはいますが、些細な実用性にまでは目が行き届かないこともまた事実であり、人のからだに最も身近な家具の場合、そのような甘さは許されないはずで、コルビュジエの要望をペリアンの卓越した感性でカタチにする、そこを上手に橋渡ししていたのがジャンヌレではなかったのでしょうか。 これらは、3人の個性や才能が揃ってはじめて成し得た仕事に違いありません。

LC4シェーズロング

なかでも 「LC4 シェーズロング」 は、サヴォア邸のバスルームでは、まだ機能が完全なカタチになりきれていなかったコルビュジエの想い描く 「天女のライン」 に、ペリアンが命を吹き込んだ結果なのだと信じてみたい気がするのです。
シェーズロング(chaise longue) は、フランス語で 「長椅子」 という意味で、脚を含めからだ全体を横たえて休むことのできるソファの一種で、従来はずしりと重い家具のイメージであったものを、細いスチールパイプのフレームを駆使して、限りなく薄く、浮遊感のある存在に変えてしまった。

すでに誕生から83年あまりが経過しているにもかかわらず、色褪せることなくその存在を主張し続けるLC4は、1964年にコルビュジエ本人から承認を得て、イタリアの カッシーナ(Cassina) により復刻生産されて今日に至りますが、復刻の際はペリアンの監修によって、制作当初では技術的に実現できなかった箇所に修正を加えてあるのだと聞いております。
写真などでたびたび目にするLC4は、座面に毛皮をまとったゴージャスなイメージで紹介されていますが、もともとは薄くて頑丈なキャンバス生地をぴんと張り、裏面をスプリングでつないだ、これ以上簡素にできない仕様であったはずで(現在もキャンバス仕様がちゃんと生産されています)、ややもするとほつれやすく擦り切れがちな端部の処理やヘッドレスト、靴が触れ傷みやすいフットレストのみをレザーで堅実に補強された姿は、化粧っけのない、いわばこの家具の 素顔 だと思うのです(ペリアンをモデルに撮影された、有名なプロトタイプの写真もキャンバス生地の仕様でした)。

実際にからだを横たえてみなければ分かりにくいことですが、座面は頭や肩のくる上部が最も幅が広く、足先にあたる下部が狭くなっていて、真上からみると 「細長い逆台形」 のようになっていることに気付きます。 足先が狭いと、自然と脚を閉じがちになり、しかも膝下は軽く折れ曲がって下向きになるので、その姿は自ずと上品になるというわけです。 普通にベッドやソファにごろんと横になる姿は、できれば他人様にはみせたくないものですが、LC4ではそこに横たわる人の姿こそが美しい。 やはり、このカタチに僕は 天女の羽衣伝説 のイメージを重ねてしまう…。

ペリアンは、かつての(コルビュジエのアトリエの)同僚であり友人でもあった建築家の 坂倉準三 の招きにより、海外向けの輸出工芸品の開発のためのアドバイザーとして、1940年から42年にかけて日本に滞在します。
そこで日本各地の研究機関や工房を訪ね歩くのですが、アドバイザー(指導顧問)といっても、上から目線の 視察 といったものではなく、市井の職人と同じ目線で、日々の暮らしとつながっている、偽りのない彼らの手仕事に接したのだろうと思うのです。 そこには竹の職人さんもいたはずで、ヨーロッパには自生しない、しかし日本ではごくありふれた、しなやかな天からの恵みの材料でもって、西洋の最先端のモダンデザインを翻訳した。 それは、 LC4 シェーズロング を木と竹でつくってしまうという発想だったのでした。

TOKYOシェーズロング

LC4では、座り心地を左右するシート部分にキャンバス生地(あるいはレザー)を用い、構造はスチールパイプのフレームでかっちりと固めるという、きわめて明快で合理的な西洋流の発想だったものを、コルビュジエ直伝の 天女のライン はそのままに、シートもフレームも竹材で 「ループ状」 につなぐことで、弾力も、構造も乗り越えようと考えたペリアンは、誰よりも竹の特性を理解できるだけの素直さ、それに加えてあふれんばかりの若さと行動力も持ち合わせていた。
しかし、いくら優れた発想を持ったデザイナーであっても、結局それをカタチにするのは職人であって、そうそう簡単に成し得る仕事ではないと思うのですが、言葉は通訳を介さなければならないけれど、ことモノづくりにおいては、何の障壁もないどころか誰も彼女を邪魔することはできなかった。 きっとLC4の制作でもそうだったように、つくり手との協同作業を誰よりも大切にした人が シャルロット・ペリアン というデザイナーだったのではないでしょうか。

1940年に一点のみ制作された 竹のシェーズロング は、翌41年に東京と大阪での展覧会で発表されます。
(たった一つの)プロトタイプの写真をみる限り、 天女のライン は肉厚の割り竹に曲げ加工を施した 「12本の格子状」 に構成されていて、その下は完全な中空状態、つまりシートの弾力は竹そのものの しなり から得られるという解釈で、ほがらかに透く格子と格子の間隔は、頭をのせる上部が広く、足元に降りるに従って徐々に狭くなるという、紛れもなくLC4の血統を受け継ぐ 異母兄弟 で、LC4が隙のない精悍なイメージの 「狩猟民族的な家具」 であるとすれば、竹のシェーズロング(カッシーナでは TOKYO と呼ばれています)は、自然に身をゆだねるイメージの 「農耕民族的な家具」 といってみてもよいかもしれません。
ただ、長さが150cmもあるループ状のカタチでは、伝統の竹材で人の体重を支えること自体が困難ではなかったかと思われます(実際、モデルと共に撮影された写真は残っていないはずです)。 そのため、竹のシェーズロングの実用化には、強度の高い竹集成材の加工技術が確立される21世紀を待たねばならなかったのです。
2011年になって、ようやく竹集成材による 「TOKYO シェーズロング」 のプロトタイプが完成し、現時点では世界で3点のみ存在するうちの一点が、ペリアンを日本に導いた坂倉準三が設計した 神奈川県立近代美術館 鎌倉 での 「シャルロット・ペリアンと日本」 で展示され、12月より受注生産がはじまることになるようです。

ふわりと浮かんだその姿は、声高に存在を主張することもなく、周囲に溶け込んでくれるはず。 もしそうであれば、湯上りの天女がふと寝そべってみたくなる 「理想のシェ-ズロング」 になるのではないでしょうか。