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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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03月15日(火)

シェーカー・デザイン

行きつけの本屋さんで、ちょっと類がないくらい 美しい表紙の本 に出会いました。
てっきり新刊本かと思いきや、 「シェーカー・デザイン(SHAKER DESIGN)」 と題したその本は、1986年にニューヨークの ホイットニー美術館(Whitney Museum of American Art) で開催された企画展の際に出版された 図録 のデッドストックだったのです。
恐るべし。 四半世紀の間眠り続けていた一冊の本に光を当て、さり気なく本棚に紛れ込ませる書店店主の非凡なセンスには脱帽です。

シェーカー・デザイン
「SHAKER DESIGN」 June Sprigg 著   (W・W・NORTON & COMPANY)


いわゆる シェーカー教徒 と呼ばれる人たちは、18世紀の後半頃からアメリカ東部に独自の コミュニティ(小さな村のようなもの) をつくり、自給自足による簡素で慎ましい生活こそが 信仰 なのだと考えていました。
彼らは自らの手で畑を耕し、牛を飼い、木を削り、鉄を打ち、革をなめし、糸を紡ぎ、自分たちの生活に本当に必要なモノだけを、ただただ誠実につくり続けました。 その姿勢は極めて厳格で、贅沢さとは無縁の気取らない、実用に徹したモノであっただけに、彼らの生み出す家具や生活道具はどれも理にかなっているばかりでなく、ある種 孤高の空気 をまとっているかのようにさえ思えるのです。
そのせいでしょうか。 僕は何となく シェーカー教徒 のつくり出す家具や生活道具は、木であれば 木目そのまま の仕上げである。 といった 素朴な表情 のイメージを勝手に抱いていたのですが、この本に収録されている 生活道具(シェーカーの最盛期であった19世紀はじめから中ごろにかけてつくられたモノ) は、家具にしろ、 オーヴァルボックス(oval box) と呼ばれる有名な楕円形の木箱にしろ、シルクのネッカチーフにしろ、どれもこれも 「鮮やかな色彩」 を与えられていたという事実を教えられ、彼らには カラリスト(colourist : 彩色の巧みな芸術家) の一面があることに気付いたのです。

生活そのものを 信仰 と考えた彼らは、余計なモノを持たず、身に付けず、寝室や仕事部屋、食堂や礼拝のための集会室(一種のダンスが礼拝にあたっていたようです)は、いずれも最低限の簡素な家具や道具が、ちいさな明り窓がいくつか開けられただけの真っ白い部屋に、ぽつぽつと置かれていたにすぎなかったのでしょうから、自らの手でつくった ひとつひとつのモノ たちはどれも、かけがえのない存在であったはず。 それらに彼らは 「色彩」 を与えた。
シェーカー教徒の描いた グラフィック をみて感じるのですが、 青色 や 黄色 を好んで使っていることから、おそらく彼らの理想とする 「天国」 は、白い清浄な世界のなかに 青 や 黄 といった色彩が存在しているのではないかと想像するのです。 例えば青色は最も神聖な色で、彼らにとって大切なモノに限って与えられる色(当時、青色の顔料は高価な品だったようです)。 黄色は光のイメージで、生きる力を与えてくれる色… といった具合に。

日本人は、モノ自体が永遠にあり続けることはなく、やがては朽ち、土に還るのだ。 といった考え方を持っているので、自然に素地の木製品などが黒ずんできたとしても、その経年変化を 好ましいこと として、割りあい素直に受け入れられますが、 シェーカー教徒 はひょっとすると、自らがつくり出したモノたちが、いつまでも褪せず朽ちず あり続けてくれること を望んだのではないか。 と想像するのです。
「彩色」 という行為は、神聖な意味だけではなく、実は永遠の命を与えるための 必然的な工夫 であったのかもしれません。

それは、あるページに載っていた 「子ども用のちいさなフタ付きバケツ」 にも見て取ることができます。
日々の水汲みは大人であれ、子どもであれ、等しく分け与えられた 神聖な行為 であったはずですが、それでも夏や冬の仕事は辛かったに違いありません。 そこで、何でも工夫してしまう シェーカー教徒 は、子どもが運びやすい小ぶりなバケツをつくり、木製の桶や蓋は腐らないように、そして何よりも 「元気がでるよう」 祈りながら、明るい 黄色 に仕上たのではないでしょうか。 繰り返し繰り返し塗り重ねられた、手づくりの生活道具をみるにつけ、ついそのような想いを巡らせるのです。

シェーカー・デザイン
 
03月01日(火)

ミハラヤスヒロ のプルオーバーシャツ

ずっと以前は 鼠色(ねずみいろ) をどのように扱っていいのか、実のところよく分かりませんでした。
それは文字通り 「白黒はっきりしない、曖昧で、どこかぼんやりと 霧の中をさまよっているような感覚」 があったからかもしれません。
グレー(gray) という言葉の響きとはちょっと違う、もっと微妙なニュアンスの、例えば ひんやりとした涼しげな 銀鼠(ぎんねず) から、どこやら暖かな 利休鼠(りきゅうねずみ) まで、華やかさとは無縁の色彩感覚が豊かになったのは、 贅沢をいましめる江戸時代の庶民の暮らしぶり に端を発しているものと思われます。

簡素で慎ましい生活の中にも、何らかの美意識を見い出す独自の文化を、時として見失いそうになる(西洋)ファッションの分野で、 ミハラヤスヒロ(MIHARAYASUHIRO) が時折みせる 「鼠色の表現」 に、同じ日本人として何かしら相通じるものを感じるのです。

ミハラヤスヒロのプルオーバーシャツ

ここにある プルオーバーシャツ は、男性用にしては珍しく胸元にフリルをあしらっていますが、もしこれが白や黒、或いは原色などの はっきりした色彩 であったならば、品位を欠いたものになりかねないところですが、 ミハラ はここに、ざっくりとした やわらか な生地と、緻密で ぱりっ とした生地という、異なる表情の木綿生地を使い分けながら、どちらも 鼠色 に染めることで、シックな雰囲気にまとめています。
この、綺麗色ではないけれど、どこか温かみのある 鼠色 という選択肢によって、素材本来の持つ性格 というか、表情のようなものが実に上手くいかされてくる。
襟元と袖口を 「光沢のある鼠」 で引き締め、同素材のフリルは端を 切りっぱなし にする事で、意図的に ほつれ を生じさせ、曖昧にぼかしてしまう。 それらをポロシャツのような肌触りのよい 「鹿の子地の鼠」 がとりなす、といった具合にです。
履き古し、色褪せたジーンズの上に さらり と羽織ると、日本人の肌や髪の色に違和感なく調和してしまう、はっきりしない 鼠色 だけに許された魅力。

ミハラヤスヒロのプルオーバーシャツ

ミハラ は、彼のキャリアの出発点でもある シューズデザイン において、意図的に異素材同士を衝突させ、組み合わせるという 断絶的な手法 を展開していますが、その一方で、心の奥底に眠っていたであろう 伝統的な色彩感覚 を用いることで、素材本来の持つ ありのままの表情、すなわち 「テクスチャー(texture)を表現する」 という、 テキスタイルデザインの本質 に踏み込もうとしているように思えるのです。