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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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09月15日(水)

藍で染めた布

福祉施設で 刺し子製品 をつくっていた頃のお話です。

刺し子カノン

いつも染料を分けていただいていた染屋さんから 「これを育てると自分で染められますよ。 生葉染(なまはぞめ) ですけど」 と、小さな袋に入った 蓼藍(たであい) の種をいただきました。
藍にもいろいろと種類があるようで、日本では東南アジアから渡ってきた タデ科の蓼藍 を使って、すでに飛鳥時代には栽培や染色がおこなわれていたようです。

今では蓼藍の葉を発酵させて貯蔵する すくも法 と呼ばれる染色によって、一年を通して藍染ができるようになりましたが、これは技術的に素人には難しいようで、大昔 つまり飛鳥時代の頃からおこなわれていた 生葉染 であれば、どうやら僕のような人間でもできるようなのです。

生葉染 とは、細かくちぎった蓼藍の葉を水に浸けて、その染液で染めるもので、「木綿は染まりにくいけれど絹は大丈夫ですよ」 と、染屋さん。

確かに僕でも何とかなりそうですが、染料はなにしろ 生の葉 ですから当然、染められる時期が限られています。 それよりもまず、種を撒いて育てるところから始めなければなりません。
実をいうと僕自身、それまで 植物を育てる といった経験がほとんどありませんでした。 小学生の時に朝顔を栽培して以来のことですから。

幸い施設の敷地は広大で、建物のまわりはできるだけ舗装しないように、必要なだけの駐車場と通路を除いて、藤棚や芝生の庭、果樹園や菜園に囲まれるように設計してありましたので、 「どこか菜園の一部を使わせてもらって藍の栽培をしたい」 と提案してみましたが、 (当然施設は組織ですので) 種から育てて布を染める という途方もない試み自体、前例もありませんから、大切な菜園を使うことは許されず、「生垣の外側の余ったところなら」 ということで了承されました。

施設の敷地が 豊かな緑に覆われている ことは先ほど説明しましたが、敷地の境界には一切ブロックやコンクリートの塀を設けず、ぐるりとサザンカの生垣で囲ってあります。 この生垣は紅葉も終わり、あたりが寂しくなる頃から白い花を次々と咲かせ始め、巷にありがちな 堅苦しい施設の雰囲気 など微塵も感じさせない、魅力的な環境をつくり出してくれています。

実は、この生垣の外側の敷地境界との間に、40~50cm位の巾で 土の余白 のような部分がありまして、「そこなら使ってよろしい」 ということなのでした。
今までほとんど手付かずであった、細長い 藍畑(の予定地) は、もともとが埋立地のために土が悪く、その上掘り返すと石だらけです。 まずは石を掘り出しながら栽培土を加え、耕すところからはじめました。

5月の連休明けの頃に種を撒きました。
種撒きなど、要所要所の大切な作業には、製品作りのパートナーたち(施設利用者の方です)と一緒に育てるようにしましたが、日々の草引きに始まり、何ごとも僕が率先して行動を示すようにしました。

夏休みも水遣りを欠かさないようにして育てられた藍は、土が良くないこともあって、力強く とはいかないまでも、何とかすくすく伸びてくれました。

「花が咲く前に葉を収穫して染めることがポイント」 という、染屋さんからの助言を参考に、生葉染 が実現したのは、まだまだ暑さが厳しい 9月なかば過ぎ のことでした。
もちろん染色の作業はパートナーたちと一緒におこないました。 それにしても緑色の葉っぱが真っ白な布を淡いブルーに染めてゆく過程は、やっぱり不思議で、当然のことながら感動します。

藍で染めた布

プロの職人さんがみると笑われてしまいそうなくらい、本当に ほのかなブルーの布 は、少なくとも僕たちの目には夏空の眩しい青色にも負けないくらい、素敵な宝物のようにみえました。

誰も見向きもしないような、ちいさな藍の花が咲いた後に、新たに託された種を頂戴し、翌年も栽培をしたことはいうまでもありません。 大変でしたけど。
 
09月01日(水)

柳宗理のカトラリー

僕たちは 日に三度の食事 の度に、必ず カトラリー を使うようになり、今では生活道具としてすっかり身近な存在です。 既に、あまりにも身近すぎて、 指先の延長にあるモノになっている といってもよいかもしれません。

そのような意味から、カトラリーは 食事 という大切な行為の際に、 手と口をつなぐ橋渡しの役目 を担っているわけですが、それ故に 「存在自体が気にならないくらいの存在感」 が実は重要なポイントで、用の美に徹しながらも悪戯に主張しないくらいの加減。 そのあたりの微妙な さじ加減 を心得たデザインが成されているべきだと思うのです。

柳宗理 のデザインで1974年に登場した一連の ステンレス製カトラリー は、これらの条件を完全に満たした製品である。 と お伝えできる自信がありますし、 「これだけの仕事は到底できないな」 という(正直な)自信も僕にはあります。

柳宗理のステンレス製カトラリー

イタリアのキッチンウェア・メーカーからは、名だたる工業デザイナーや建築家が手がけた、それは美しいカトラリーが販売されていますが、いざ食卓に並べたと仮定すると、どうもカトラリーの主張が強すぎて、落ち着かないというか、肝心の料理との調和を考えると、 どうかな? と思うのです。 これには食文化や生活習慣の違いも関係しているのかもしれませんが…。

しかし、これが柳宗理のカトラリーになると、すっかり肩の力が抜けきってしまって、自然と食事に集中できてしまうから不思議です。 デザインに対して余計なことをしていないんでしょうね。 きっと。

この 「余計なことをしていない」 は、もちろん 「何もしていない」 からなのではありません。 その証拠に、どのカトラリーひとつ挙げても、 これ以上手の加えようがないくらいにデザインが 完成 しているのですから。

これだけのカタチに至るためには、 途方もない時間の試行錯誤 を繰り返していることは想像に難しくありませんし、デザイナーである柳自身が常に 「手を使ってカタチを考えている」 という話は殊に有名です。

実際、目を閉じてこれらのカトラリーに触れてみると、あれ程硬く冷たいはずのステンレススチールが、思いがけず手にやさしく馴染んで、ちっとも痛くないのです。 目を開けて先程手で触れたところをみても、そこにはいささかの ブレ も見当たらなくて、 つくり手 が 使い手 のために正直にデザインしているんだな と、しみじみ実感してしまいます。

このような仕事を、柳宗理は アノニマスデザイン(anonymous design) 、つまり 「無名的なデザイン」 と名づけ、実践しているのです。 これを僕は 良妻賢母的 あるいは 大和撫子(やまとなでしこ)的 デザイン と勝手に翻訳して、深く心に刻みたいと思います。

柳宗理のステンレス製カトラリー