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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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05月14日(金)

無鄰庵(むりんあん)

広々とした風景の中に身を置くことができるのは幸いなことですが、それが比較的街中であっても、その場の地形や環境を巧みに取り入れた庭をつくることで、人は理想的な風景をつくり出すことが可能です。

無鄰庵(むりんあん) は、南禅寺に程近い、お寺の参道に面した別荘地として明治時代に造営されました。

もともとこのあたりは、京の市街地からは東にはずれた、畑のひろがるのどかな場所だったようですが、同時代に琵琶湖疎水の開通や平安遷都1,100年を記念した博覧会などの開催により、急速に開発がすすみ、付近には別荘も多くつくられました。
これらの別荘は、東山を借景とした庭園を持ち、疎水から引き込んだ水の流れを活かした優雅なつくりに特徴がみられますが、無鄰庵もそのひとつというわけです。

無鄰庵の魅力は、風情ある参道と疎水べりを通る新たな道路(仁王門通)によって切り取られた、 細長い三角形のような変形敷地を限りなく活用した造園の技術に尽きる といっても過言ではありません(歴史的に重要な部屋もあり、建物も立派ですが)。

建物は敷地の西側、つまり三角形の底辺にできるだけ寄せて、残りの三角形を全て庭園に充てるというレイアウトです(図1)。

無鄰庵
(図1) 無鄰庵


作庭は平安神宮の神苑も手がけた小川冶兵衛によるもので、三角形の底辺にあたる部分の建物から、頂点に向かって目一杯視線が抜けるように、両辺には高い塀に沿って背の高い木が並んでいます。
ところが、視線の先は三角形の敷地を飛び越えた遥か先の東山へとひろがってゆきます。 東山までは真っ直ぐ広い道路が通っているため、視線を遮る障害物がないのでした。

無鄰庵

敷地は緩やかに傾斜しており、建物のあるあたりから三角形の頂点まで1mくらいは高くなっているでしょうか。
この高低差を利用して、近くの疎水から引き込んだ水を、三角形の頂点の高いところから、さらに岩を組んだ三段の滝を流れ落ちて、小さな流れから、浅い石ころの合間を縫いながら徐々に幅を広げ、小さな段を落ちると、水鳥が泳げるくらいの広々とした池のようになります。
流れの小さなところはカエデが覆う森のような風情でしたが、庭の中央にあたる池のまわりには、州浜が延び、ふっくらと芝生が広がる、広々と日当たりのよい場所で、思わず寝転びたくなるような気持ちよさです。

一旦池に落ち着いた水は、再度小さな流れとなって小石の間を曲がりくねりながら、茶室近くの別の流れと合流し、建物に最も近い大木の下の涼しげな池にようやく落ち着きます。

庭全体を一望できる母屋の縁側からは、飛び石を伝い、石段を下って、木陰をつくる池の鯉に近づくこともできますし、更に芝生のなかの小径を抜け、木立を縫って流れを渡り、滝の近くまで散策することも可能です。
この庭は、観賞するだけでなく 廻遊 できるよう考えられているのです。

実際にこの足で庭を歩いて気づいたことなのですが、庭のそこここに居場所があるようなのです。 居場所 といっても別にベンチがあらかじめ用意されていたり、茶屋があるわけではありません。
滝のそばのちょっと平らな岩に腰を下ろし、水の音に耳を澄ませながら遠く水面に映る母屋のゆらぎを眺めたり、何でもないような小径の途中の端で佇んでみたり… といった場所を見い出すことに、言いようもない深いやすらぎを感じるのです。

無鄰庵
 
05月01日(土)

大田の沢のかきつばた

各地を旅している時に車窓から、深い緑の木々が生い茂る日当たりの良い小山の麓に、鳥居と石の段々をみかけることが度々あります。
山や森は、木々や動物たちは無論のこと、目にみえない位ちいさな生物を含めて 命の集合体 なので、何か特別な力を宿しているのだということを、太古の昔から皆、理屈抜きに知っていて、神聖な場所として代々守り伝えられているのでしょう。

ユネスコの世界遺産に登録されている京都の上賀茂神社も、素晴らしい社殿や季節ごとの神事が広く知られるところですが、やはり、ちいさくはあっても神聖な山に抱かれているのです。

その上賀茂神社に程近い、同じ小山に抱かれた大田神社には、少なくとも平安の世から変わらず美しい かきつばた が群生する沢が、ひっそりと今に残されています。

かきつばた は、アヤメ科に属する山野草で、清らかな水辺に育ち、5月始め頃に紫色の可憐な花を咲かせます。
同じアヤメ科の 花ショウブ は、花も大輪で、華やかで、観賞用として多くの方々に好まれるところですが、僕は、野生の かきつばた に言いようのない 気品 を感じるのです。

特に 「大田の沢のかきつばた」 は、背後の森の永劫変わらぬかと思われる深い深い緑色に護られながら、エメラルドのそれはさわやかな葉の立ち並ぶなかに、ぽつぽつと、控えめに紫の花が咲く様は、風の音すら聞こえぬくらい、静かな風景として、いつまでも変わらず在り続けることでしょう。

大田の沢のかきつばた
「大田の沢のかきつばた」 ペン、水彩