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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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01月05日(金)

カドニカサイクル

モペッド(Moped) と呼ばれる乗り物をご存知でしょうか。
簡単に説明すると、自転車とオートバイの中間的な位置づけで、(少々重いかもしれないけれど)ペダルを踏んで自転車のように走行することもできれば、エンジンの力によっての走行も可能(こちらがメイン)という、どこやらギリシア神話に登場する、人と馬とが合体したかのような ケンタウロス(Kentaurs) を彷彿とさせる乗り物 とでも申しておきましょう。
日本ではごくごく稀に見かける程度ではありますが、ヨーロッパの国々では、免許がなくても運転が可能な 身近な生活の足 としてひろく親しまれていて、これがなかなかお洒落だったりします(※ 2013年からは法律の改正によって、EU加盟国でも免許が必要になったもよう)
ところが、今からさかのぼること半世紀近くも前に、日本のメーカーがエンジンではなく電気モーターを内蔵したモペッドを開発していたことは、いくら本場のお洒落な方々といえど、さすがにご存知ではありますまい。

「カドニカサイクル」 と名づけられた電気自転車は、かつて充電用の小型電池の分野において最先端の技術を所有していた三洋電機によって開発された、正真正銘の 電動モペッド で、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会の報道関係者用車両としてお披露目され、おおいに活躍したとのこと。
高性能の電池といえば、現在はハイブリッド車や電気自動車等でおなじみのリチウム・イオン電池のさらに一世代前にあたるニッケル・カドミウム電池を三洋電機の商標にしたのが カドニカ らしく、家庭用の100V電源からの繰り返し充電が可能な電池を搭載したクリーンな未来の乗り物、それが カドニカサイクル であったというわけです。
メーカーの経営陣も技術者も、誰もが夢と誇りを持って仕事をしていた、そんな時代だからこそつくり得た知られざる 隠れた名車 ではないかと、勝手に解釈しております。

車輪がふたつしかない自転車やオートバイは、人間が乗ってはじめて自立する バランスありき の乗り物ですから、当然ながら重量が軽く、コンパクトで、重心が低いほうが安定していて扱いやすいという理屈になります。 ただし、自動車と比べると積載スペースも重量も遥かに制限された厳しい条件下で、機能性とデザイン性を両立させることはそんなに簡単な話ではありません。
こと二輪車に関して、デザイナーよりむしろ、優れた感性と技術力を併せ持ったエンジニアの存在なくしては成り立たないであろうことは、この道の先進国であるヨーロッパのメーカーが生み出した数々の歴史的名車たちが、はっきりと物語っているのではないでしょうか。

カドニカサイクル

カドニカサイクルの主要なパーツは、当時 ミニサイクル と呼び親しまれた街乗り自転車との共通点が多いことに、ひょっとしたらお気づきになったかもしれません。
ミニサイクルは、それまでの自転車よりもちいさな径のタイヤを採用することで、ペダルの位置を低く抑え、かつ足つき性も向上させ、何よりもスカート姿での乗りやすさに配慮したことで、女性たちのハートを ぐっ とつかんで離さなかったに違いありません。 加えてフレームはもとより、前カゴからサドル、グリップまでを全部白色で統一したのもファッションとのコーディネートを前提とした、女性目線の乗り物であったといえそうです。

そもそも小径タイヤを持つミニサイクルは、それなりの重さとなるであろう電池やモーターといったパーツを搭載するには実に好都合だったのでしょう。
サドルとペダルとの間に きゅっ とコンパクトに収めてしまうと、要は乗り手のおしりの下にマス(重量物)が集中することによって車体がぐっと安定し、しかも、前輪側はあくまでも 自転車そのまんま ですからハンドリングは軽快そのもの。 もちろん スカート姿でも楽々 となれば、種々の技術的な問題も難なく解決され、これはもういうことなしですよね。
ただひとつ残された課題は、電池やモーターといったパーツのデザイン上の処理です。 真っ白いミニサイクルに 電気部品むき出し ではあまりにも無骨すぎますし、かといって自転車本来の持つ軽快感をスポイルしてしまっては、それこそすべてが台無しです。 そこでどう対処したかというと、 「グラスファイバー製のカウルでサドル下をすっぽり覆ってしまう」 という、かなり大胆な方法を試みているのですから驚くほかありません。

グラスファイバーといえば、軽く、強度の高いガラス繊維を樹脂で成形した当時最先端の素材のはずで、もうほとんど極限の速さを競う GPレーサー の次元です。 その素材でもって、全体的に角ばった印象のデザインを活かしながら、後輪の泥除けの機能も兼ねつつ、しかも、スイッチ類もソツなく組み込んでさらりとまとめてしまうところなど、どう見たって只者ではありません。
おまけに、側面がのっぺりしないよう、さり気なくリブで補強しつつメリハリをつけたり、 CADNICA(カドニカ) の文字をあしらったちいさなロゴ・ステッカーも入れる心憎い演出に抜かりがないのはまず当然としても、真っ白いなか、サドルとカウルに 青いストライプ を入れて完璧にコーディネートするなんて、ちょっと思いつかない唐突な発想ですが、なぜかこれがミニサイクルの軽やかでおとなしい雰囲気に、しっくりと馴染んでしまうのでした。

これ程までに高度なテクノロジーやデザイン力に満ちあふれながら、当のカドニカサイクルはゆるゆると、人が歩くのとさして変わらないくらいの速度で、来場者から羨望と憧れの眼差しを浴びながら、あのきらびやかな博覧会の会場をするすると音もなく走り回っていたのでしょう。
聞くところによると、三洋電機ではカドニカサイクルを漠然とした試作品ではなく、本当に市販化する前提で開発したそうですが、その後、かの 電動モペッド がその麗しい姿を世に知らしめた話は、ついぞ聞いた覚えがありません。
コスト上の問題があったのか、あるいは時代を先取りしすぎていたのか、とにかく世のなかは違った方向へと動き出して、結局、随分のちに満を持して発表され普及した期待の 電動アシスト自転車 といえば 木に竹を接いだような (個人的には)期待はずれのデザイン。 冷ややかなくらいに現実的で、もはや夢見ることを忘れたかのような今の時代、かつての夢の何もかもが本当の神話になって、夜空に輝く星座のように遥か遠く、手の届かないところに行ってしまったのでしょうか。
人間の頭脳と手、馬の脚という、異なるふたつの能力を併せ持つケンタウロスのように。
 
05月16日(月)

ベルスタッフのナイロン製ブルゾン

1924年に英国で創業した ベルスタッフ(Belstaff) は、今でこそレディスモデルが登場し、ミラノコレクションに新作を発表するなど、随分と華々しい印象があるかもれませんが、それはここ10年くらいのお話。 イタリアに拠点を移してブランド化を推し進める以前は、もっと地味な、旧式の英国製あるいはドイツ製のオートバイを駆る、品格漂う、ごく一部の紳士たちの間でのみ愛用されていた、知る人ぞ知る、かなりマニアックなウェアメーカーでした。
MADE in ENGLAND の頃のベルスタッフといえば、オイル引きの真っ黒い、裾が太ももの上くらいまである古典的ともいえるジャケットスタイルで、触るとずっしりと重みがあり、最初のうちは手にオイルがつくこともしばしば といった手強さで、何事にも順序というものがあるように、若造にはいささか敷居の高い、ある程度経験をかさねた者にのみ袖通すことが許される世界。 そんな限られた大人のためのウェアは、ビジネスマンにとってのスーツに値する、あるいはそれ以上にぴしっと気の引き締まる、独特の着心地があるのです。

MADE in ITALY のベルスタッフ(つまり、現在のベルスタッフ)は、大きく三つのスタイルに分類することができます。
・ひとつは、あのずしりと重たい、純粋に実用的かつ伝統的な(紳士のための)オートバイ用衣類。
・ふたつめは、その対極ともいえる、機能性よりもモードを重視した街着としての衣類。 ミラノコレクションに出品しているモデルがそうです。
・みっつめは、これら二つの中間的な位置づけ。 オートバイでの走行にも対応できる機能と、街中で着用しても遜色ないファッション性を両立した衣類です。
この 「第三のスタイル」 を意識したメーカ-は日本にもあって、確かにおしゃれごころのあるライダーたちに少しずつ浸透してきているにはいるけれど、とかくスペックを重視してみたり、 あったら便利 といった目先のこまごましたところに執着する(日本人特有の)傾向があって、残念ながら、時間という試練に耐えうる本当の魅力にはまだまだ程遠い印象があります。
その点ベルスタッフは、細やかな気配りは日本製品に及ばないかもしれないけれど、英国の歴史あるブランドがこれまで積み上げてきた仕事を尊敬する気持ちの上に今日の仕事が成り立っている といった、ひろい視点で真っ当なモノづくりをしているような気がしてなりません。

ブリガンドブルゾン

2007年頃に発表された ブリガンドブルゾン(Brigand Blouson) と呼ばれるモデルの場合、 第三のスタイル に該当します。
ベルスタッフでは、良質な木綿生地に天然油脂を浸透させ、高い防水性と通気性をあわせ持つ ワックスコットン(WAXED COTTON) と呼ばれる伝統的な素材をいまだに継承し続けています。 長くつくり続けることで、一時期古臭いともみなされていた素材が、天然素材を見直す機運のなかで次第に再評価されるようになった好例といえるでしょう。 これに、イタリアメーカーの最も得意とするレザーを用いた製品もラインナップに加えることで、 天然素材+伝統+高いファッション性+MADE in ITALY=ベルスタッフ といった付加価値の高いブランドイメージが定着しつつあります。
ところが、90年余りを数えるベルスタッフの歴史には、なにも天然素材だけにこだわっていたわけではなく、新しい素材の開発にも情熱を惜しまない別の一面も持ち合わせていて、1960年代の終わり頃には、内側にアルミニウムを貼りつけた特殊なナイロン素材を考案し、保温性と耐水性を兼ね備えた上に軽量なオートバイ用ウェアをこつこつとつくり続けていたことは、有名なワックスコットンの陰に隠れ、意外に知られていないのではないでしょうか。 MADE in ITALY のベルスタッフも、ナイロン素材という もうひとつの伝統 に敬意を表し、実用性にファション性を加味した製品として継承する努力を怠りませんでした。 そのラインナップのひとつが、ブリガンドブルゾンだった というわけです。

ブリガンドブルゾン

ブリガンドブルゾンは、伝統のデザインエッセンスを巧みに取入れつつも、ナイロンという素材の特徴をいかして、すっきり軽快なデザインにまとめることに成功しています。 オートバイでの走行を重視し、転倒の際に衝撃を受けやすい肘や肩などの生地をあらかじめ二重に補強しておき、それをデザインとしてみせる といったお馴染みの手法を、ここではあえて放棄して、(街中での着用でも違和感ないように)身頃部とアーム部を縫製なしの 一枚もの にするなど、高度な技術とセンスでもって潔いくらいに簡略化してしまいます。
これにあわせてポケットも、マチがあったほうが収納量はあるけれど、あえて凹凸のない平坦な形状にしていますし、 立ち襟の合わせは、 金属のバックルにベルト締め という往年の定番スタイルからベルクロ(マジックテープ)へと拍子抜けするくらいに簡略化。 それにあわせて、ファスナーやボタンなどの金属パーツは出来るだけ目立たないように と、絶妙なバランスで細部にまで気配りが行き届いています。 もはや、美学と表現してもよいかもしれません。

なかでも、最も注目に値する点が 裾の長さ です。 伝統的なジャケットスタイルでは、裾は太ももの上あたり、ちょうど股下が隠れるか隠れないくらいの長さにして腰まわりを覆ってしまいます。 このほうが、走行中の雨、風、寒さから身を護るためには都合がよいからです。 ただ、このままでは裾がばたついて邪魔になってしまいますから、ウェストにベルトを締め付けて安定させます。 こうすると、デザイン上もからだの中心にあるベルトがポイントになってサマになる。 これが、古来よりベルスタッフの基本スタイルとなっていました。
これに対し、裾をウェスト部分でカットして腰まわりを露出させてしまう ショート丈のスタイル というのもあります。 外部にからだがむき出しとなる前提のオートバイ用のウェアでは、腰まわりが無防備になるため実用性には劣りますが、見た目がすっきりしてファッションのコーディネートが容易になる という利点があり、実際、オートバイに乗っていなくても街着で普通に着こなしている人も多いはずです。 一般的に ライダースジャケット と呼ばれるのが、このタイプです。
一方、ブリガンドブルゾンはというと、裾丈がウェストでもなく股下でもない、ウェストよりも5~10cmくらい下の微妙な長さ設定になっています。 中途半端な長さ と表現してみても、差し支えないかもしれません。 しかし、実はこれにはちゃんとした理由があると思うのです。
ウェストまでのショート丈では、オートバイでの走行中に下から風が入りやすくなり、体力を消耗します。 こうなると、ライディングに集中できなくなってしまう。 かといって、丈が長すぎると軽快感を失い、ファッションのコーディネートも限られてしまいます。 ただ、双方の良いとこ取りの中途半端な裾丈で、ばたつかないよう、からだにフィットする必要のあるジャケットをつくろうとしても、バランスをとるのは至難の業です。 きらびやかなショーでの発表以前に、伝統あるブランドを冠しているつくり手のプライドにかけて、格好悪いものを世に出すなんて許せるはずがありません。

結局悩んだ末に、過去のオートバイ用ジャケットに学んだのではないだろうか と、僕は考えています。
かつて、グランプリレースが開催されたことで知られる英国のとある島で、往年のヴィンテージバイクを駆る(初老の)人たちを撮影したと思しき写真を拝見したことがあります。 そのなかには、お馴染みのオイル引きのジャケットで正装した紳士もいれば、随分と年季の入ったレザージャケットに身を包んだ紳士もいます。 レザーという素材は、雨には弱く決して万能ではありませんが、強靭で、万一転倒の際は衝撃から身を護ってくれる、高い安全性を備えていますから、レースの世界では高級感や見た目の美しさ以前に、信頼するに足る優秀な素材なのです。
そんな、過酷な条件下で速く安全に走行するためには、必然的にちょっと裾丈の長い、中途半端なスタイルが採用される例も過去にはあったものと思われます。 もともとレザーは人のからだにフィットしやすいので、わき腹から骨盤あたりにかけての微妙なラインにもある程度は追従可能ですし、そこに調整可能なベルトを取り付けることで、乗車中に前傾姿勢をとっても、かっちりと隙間なくからだを護ってくれるはずなのですから。
ただし、素材がナイロンで、しかも、軽快なフォルムを よし とするブリガンドブルゾンに、両脇に金具付きの調整ベルトがごてごて並んでしまうと、何とも ものものしい雰囲気 になってしまい、全てが台無しにならないとも限りません。 だから、調整ベルトのかわりに シャーリング(※ shirring : 生地を細かいヒダ状に寄せて縫い付け、絞込みをおこなうこと) という手法を用いたのだろうと想像しています。
硬派なオートバイ用ジャケットにシャーリングという取り合わせは、一見すると妙ですし安っぽい印象もありますが、これがレザーではなくナイロンという素材に置き換えると、不思議なくらいすっきり溶け込んでしまいます。 そればかりでなく、男性の無骨ともいえるわき腹から骨盤にかけてのラインを、ひと際魅力的にみせてくれるのですから、まったく大した力量です。

ブリガンドブルゾン

少々余談になりますが、ナイロン地の特徴として 表面のなめらかな光沢 が挙げられます。 この てらっ とした光沢が、どうもデザイナーの気に入らなかったらしいのです。 確かに 安っぽい といえばそれまでで、第一天然素材とは質感からして違います。
それでも、サイドのシャーリングとナイロンの光沢 という取り合わせには到底納得ゆかない。 そこで、誇り高い彼(あるいは彼女でしょうか)は、縫製まですっかり仕立てた後に 洗い をかけて、幾分色あせ、くたびれた表情に変身させてしまったのです。 その時の、さも満足そうなデザイナーの表情が眼に浮かぶようです。
 
04月01日(火)

マーニ・アルチューロ

かつて二輪のGPレース界で、1950~60年代にかけて無敵の強さを誇った、イタリアの名門チームに在籍していた一人の敏腕メカニックが、その後自ら手がけた子供のようなオートバイたちの修理のかたわら、お世辞にも工場とも呼べないようなちいさな工房で、一台一台こつこつと手づくりで組み上げた孫のようなマシンに、彼は自らの名 「マーニ・アルチューロ(MAGNI Arturo)」 を与えました。 1989年、マーニ 64歳の頃のことです。

マーニ・アルチューロ

はじめて マーニ・アルチューロ に出会った時、近寄りがたいオーラのようなものを感じました。 そんなイタリア生まれの只者ではないマシンに対し、なぜか僕は 侍(さむらい) のような印象を受けたのです。

僕のみたところ、二輪車の開発にデザイナーが加わると、本質とはちょっと違う、どうも何か余計なことをしてしまっているような気がするのです。 つまり、本物の優れたマシンは、いつも技術者(メカニック)の手によって生み出されているのではないかと。 だから、生粋のメカニックであるマーニのつくり出すマシンは、必ずフレームに対して、あらん限りの知識と経験と情熱をそそぐ。 よくみると、彼のフレームはどれも、市販車では考えられないような図太い特殊合金製のパイプをがっちりと溶接して組み上げています。

市販車にありがちな しなやかさ とは無縁の高剛性のフレームは、エンジンの振動も含めて何もかもが、過たず乗り手に伝わってきます。 路面の微妙な凹凸も、全ての情報がうやむやにされることなく伝わってこなければならないのだ という、ゆるぎない強い意志を感じるのです。
メカニックは、自ら手がけるマシンに対して嘘はつかないのではないでしょうか。 だから、心血そそいだフレームに取り付けられる、ありとあらゆるパーツは個性にあふれているけれど、マーニの手にかかると一転して、めいめいが素直な顔して馴染んでいるように僕の目には映ってしまいます。

真剣勝負のレースの世界で磨き上げられたであろう、往年のGPレーサーの血統を受け継ぐカウルの微妙なラインは紛れもなく美しいものですが、決してそれは、デザイナーが机上で紙の上に描いたものではないはずです。 職人のごつごつした手から生み出されたラインは、コンピュータの描いたそれとは明らかに異なっていて、その繊細なラインを注意深く辿ってゆくと、遥か ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti) にまで到達するのではないか。 そんなふうに思わずにはいられないのです。

マーニ・アルチューロ

異国のオートバイに対して 侍 のような印象を受けた理由は、剣術の達人が体得している 「姿勢のよさ」 に通じる何か(たぶん研ぎ澄まされた精神)を、知らず知らずのうちにも見出していたからなのではないでしょうか。
無駄な動きのない、達人の腰の据わった体さばきは、結局のところ骨格につながっていて、そこにすべての基本が集約されていると考えてみれば、軽ければ軽いほどよいのだという、昨今の二輪業界の方程式など見向きもせず、軽さを犠牲にしてまでもマーニが譲ることのできなかったフレームの剛性は、常に危険と背中合わせのライダーの最後の頼みに違いないのですから、一見静かで美しい佇まいに、どこか侍にも似た凛とした 姿勢 を感じたのだと…。

マーニ・アルチューロ