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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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05月01日(金)

5月の風

何かの本に、 窓 という言葉は柱と柱の間に入れられた戸、つまり 間戸(まど) が語源であるという意味のことを書いてあったように記憶しています。
今でこそ、窓は壁のなかにぽっかりとうがたれ、かっちりと固定された西欧でいうところの ウインドウ(window) といった意味で受け止められていますが、日本ではもともと、華奢でぺらぺら、あるかなきかの かりそめの存在 であったはずです。 だから、昔の建物のように柱がむき出しで、その間に建て込まれた板戸や障子やガラス戸が、頼りないくらいに薄ければ薄いほど、軽ければ軽いほど、するするーっと柱と柱の間を音もなく行き来して、 とん と木と木がぶつかる音すら、小気味よいと感じ、風も視線も軽やかに駆け抜けてゆくのでしょう。
かりそめの存在である間戸(まど)は、実際簡単に取り外してしまうことできますし、別にそこまでしなくても、僕たちの頭のなかで無きモノにしてしまうことなど造作もないわけで、有り体にお伝えすれば日本の住まいは、柱を幹に、屋根を枝葉に見立てた 森のなかにいるような感覚 に近いのかもしれません。 昔の住まいがその大小や貧富にかかわらず、必ずといってもよいくらい 庭とひとつながり になっているのは、もしかしたら、日本人のこころの奥底にある 森に住まうDNA からきているからなのではないでしょうか。

森に住まうDNAは、少なくとも昭和のはじめ頃までは、都市部の高密度住宅にまで連綿と受け継がれていました。 それを京の人々は 町家 と呼び親しんでいて、今でもその気になれば、かろうじてではありますが、ちいさな森での暮らしも存外夢物語ではなかったりします。
実際、京の町家は、いにしえの匠たちが成し遂げた、限りなく洗練された森のなかの住まいです。 まず、両隣とを仕切る壁を除いては、基本的に柱と柱の間が庭から通りまで間戸(まど)だけですから、よどむことなく、なめらかに空気が流れてゆきます。 人も森も呼吸しているように、家もまた呼吸しているからです。
縁の下がすかすかなのは、暑い日の盛りなど、犬や猫がさも気持ちよさそに昼寝してた在りし日の情景から察するに、庭からの湿り気のある空気がきれいに床下を循環して、床上を湿気すぎず、かといって乾きすぎず、程よい加減に保ってくれているからで、天井裏がねずみの棲み処であることなども、別段珍しい話ではありません。 そもそも森は、様々な生き物たちの拠り所みたいな場所なのですから。

烏丸の二条を幾らか上がったところに、 松栄堂 という老舗のお香屋さんがあります。 お香をたく という慣習は、清少納言の 「枕草子」 にしたためられていることから、ゆうに千年昔からあったらしく、今でもそうなのかもしれませんが、お香の材料はどれも海の向こうからはるばる渡ってきた貴重な品々なのです。 それらを伝来のレシピにもとづいて、あるいは新たな創意工夫を加えながら、丁寧につぶして、練り合わせて、ようやくちいさな香りの結晶が出来上がるわけです。
お店には、あたかも季節ごとのみえない空気をそーっと掬い取って、精錬して、練り固めるようにして生み出されたかのような、ささやかなお香たちが並べられています。 そのなかでも個人的に好みなのは 「早苗月」 と銘打たれた、そう、ちょうど今の季節の 精霊からの贈りもの とでも表現したらよろしいでしょうか。
そんなお香をたく機会は、やはり 早苗月(5月) に限ります。 それも、その日の気分と、天候や気温、時刻、微妙な風の加減などの(はなはだ私的な)基準をクリアしくてはいけません。 何しろお香は、海の向こうからはるばる運ばれてきた貴重な品々の結晶ですし。

けれども、正直いいますと、香りには関心高くても、煙たいのはちょっぴり苦手だったりします。 しかし、幸いなことに、住まいは間戸の血統を受け継ぐ町家ゆえ、そこらじゅうすかすかです。 それでも相手は、かの清少納言も好んだとされる 薫物(たきもの)、心してたかねばなりません。
そこで、床の間に置いてみたり、あるいは隣の部屋に置いてみたり… と、さまざま試みるにもかかわらず、どうもしっくりきません。 なにせ、香りには絵や家具とは違ってカタチのない気ままな存在、一筋縄ではいかないようです。
次第に僕は、伝統家屋のとっておきの場所、縁側に座って庭をぼんやり眺めながら、のんびり日向ぼっこしながら、どこからともなくふんわりと、そこはかとなく香りが届くのがよいのではないだろうかと考えるようになりました。 昔はどこの家でもそうだったように、庭先の縁をかぎの手に折れると、そこには大抵厠がつましく据えてあって、当時の人たちは汲み取り式で仕方なかったにしろ、緑濃い庭のただ中に不浄な空間を調和させる という、世界に類をみない離れ業をさらりと成し遂げてしまったはず。 結局、そんな厠にこそ薫物を置くにふさわしいかな と、恥ずかしながら思い至ったのでした。

(さすがに今は水洗式になっていますが、きちんと雑巾がけされた)厠には、松栄堂の 早苗月 がゆらゆらと、のどかに煙くゆらせて、すっかり間戸(まど)を開け放った日当たりのよい縁側にぽーんと両足投げ出して、時折り、風に揺られてほのかに届く香りに身をゆだねれば、そこは5月の深い深い森のなか。 そうか。 よく考えると、白檀や沈香といった、お香の材料はどれも木質。 森によって育まれたものたちばかりでした。
どうやら、森に住まうDNAは失われることなく、今も脈々と受け継がれているようです。

5月の風
「5月の風」  ペン、水彩
 
02月16日(日)

サンタ・マリア・ノヴェッラ の歯磨き粉

僕が 「清貧」 という言葉を知ったのは、太宰治の 「きりぎりす」 という短編小説からでした。 学校では、このような美しい響きの言葉を習った覚えなどありませんから。 といっても、授業にはちっとも興味がなくて、きちんと聞いていたためしがなかったのですが、やはり、どうもそんな気がしているのです。
そんな、控えめでゆかしい響きを持つ言葉の糸を注意深く手繰ってみると、どうしてか 「サンタ・マリア・ノヴェッラ(Santa Maria Nobella)」 の、ささやかな日用品に行き着いてしまいます。
サンタ・マリア・ノヴェッラは、13世紀のはじめ頃、イタリアのフィレンツェにある修道院で修道僧自らが薬草を栽培して薬剤を調合したのがはじまりとされる、現存する世界最古の薬局といわれております。

薬局といっても、薬事法の関係か、日本では医薬品のようなものではなく、ハーブウォーターや石鹸、シャンプー、ハンドクリームといった日用品が販売されています。 それらはどれも、近所のスーパーマーケットに並んでいそうなものばかりなのに、あのスーパーの陳列棚にずらり並んで賑やかな、派手派手のパッケージとは似ても似つかないくらいに、マンタ・マリア・ノヴェッラの品々は、ロゴもなんだかちいさくて、地味地味なデザインではありますが、つまるところ我が家に持ち帰って使うものであって、べつに目立って主張する必要などこれっぽっちもないわけですから、毎日顔合わせてもしみじみ美しい、地味で上品なパッケージのほうが絶対良いに決まっているのです。

サンタ・マリア・ノヴェッラの歯磨き粉

殊に 歯磨き粉 などは、昔ながらの金属のチューブ入りだったりするものですから、いい加減に使っていると途中でひび割れて、下手すると中身が隙間からはみ出したりもしてしまいます。 だから、ちょっとずつ、ちょっとずつ、丁寧にしぼり出さざるを得ない。 しかも肝心のペーストはベージュ色で、その歯磨き粉らしからぬ色彩が実は、人工的な研磨剤や着色剤を用いていない、動かぬ証拠でもあるのです。
主な原料は アイリス(※日本でいう ハナショウブ にあたるのでしょうか) の根っこを粉末状にしたもので、これが天然の研磨効果を持っているという、ひどく納得というか安心できる理由であったりします。 それを丹念に練り固めてペースト状にしておいて、そこにクローブ(丁子)、シナモン、サンタマリア草といった、香りのよい草花をさりげなくブレンドして、それだけでおしまい。 ごてごてと余計なことをしていないのは、パッケージだけではなく 中身も同じ というわけです。

サンタ・マリア・ノヴェッラの日用品はどれも、本来必要とする当たり前の機能(効能)に加えて、ほんのちょっぴり、ほんにささやかな香りを添えてくれています。 その香りは、巷にあふれる人工的で主張の強いものとは違う。 そう、ぴりりと底冷えのする、冬の早朝におもいっきりガラス戸あけ放って、苔むす庭に水を打ったときにしんと立ち上る、目にみえない浄化された、土のにおいか、あるいは苔の香か、ほんのかすかな香りを吸い込んだときのほのかな心地よさに、どこか相通じる 何か を意識するのです。 それをあえて言葉で表現するとしたら、僕はやっぱり 「清貧かな」 と思います。
 
03月16日(土)

エッコ

「ほらっ」 と差し出されたトレイは、イタリア語に訳すと 「Ecco(エッコ)」 となり、その如何にも愛らしい響きがそのまま製品の名前になりました。
エッコは、トレイとしてお茶やお菓子を運び終えて、何気なくテーブルの端っこに置かれてあっても。 誰もいない部屋の隅っこにひっそりと、あるいは、何もないテーブルの真ん中にそっと置かれてあったとしても、いつも物静かで慎ましい。 何も語らないけれど、唯々そこに美しくたたずむ。 そんな存在です。

エッコ

最初に雑誌で、その余りにもさり気ない物腰を発見した時に、 「これ程なのか」 とプロダクトデザインの在るべき道をはじめて教えられ、地元の京都で手がけられていることを探し当て、訪ねると、紛れもない 本物の生活道具 がそこにあったのです。
以後、エッコに採用された 竹集成材 という、近年になってようやく実用化された技術と、古くから馴染みがありながら、何も知らずにいた 竹 という素材に対し、強い関心を抱くようになりました。

驚くことに、この製品のデザイナーは エンツォ・マーリ(Enzo Mari) 、イタリア人だったのです。
彼の生まれ育った国やその周辺には竹の生育はおろか、竹を使った身近な道具すら無いに等しいのではないかと思われるのに、この人は 素材の声 にちゃんと耳を傾けている。 誰も気づかないような、ほんの小さな囁きすらも聞き漏らさないくらいに…。
そのような思いを抱く一方で僕は、デザイナーであるエンツォ・マーリ自身から 「これは本来、あなた方日本人の成すべき仕事なのではないですか?」 と、厳しい口調で問われているように思えてならないのです。
事実、日本の多くのデザイナーは、彼ほどに 素材の声 を聞いてはいないのかもしれません。

ご覧の通り、エッコは両端部を きゅっ と跳ね上げただけの姿です。
そんな、一見何ということもない形態が、指先を差し入れる手掛かりとなり、ほどよい囲いの役目を担っているのです。 しかし、このようなさり気ないカタチほど、実際の製作では容易ならざるもので、端部の木口をよくみると、1mmくらいの厚みに削られた(あるいは割られた)竹のピースが四層、つまり4mm厚に積層されているのですが、強度が増すほどに、デザイナーの意図する 繊細なカーブ は困難なものとなります。
このために、1mm厚のピースの状態で、各々あらかじめ曲げ加工を完了した上で、四層に積層される。

竹の表面はもともと硬い表皮に守られていますから、普段僕たちは 表面の色合いや質感 を眺めているわけです。 それに対し、集成材の場合は、竹の繊維の部分が仕上げとなって現れてきます。
竹の繊維組織は、木材と異なり年輪を持たず、 維管束(いかんそく) と呼ばれる細いパイプのようなものが真っ直ぐ通っていて、水分や養分を運び、どんどん上へ上へと伸びてゆくのです。 超高層ビルの中で無数のエレベータ・シャフトが、絶え間なく上下している様子をイメージしていただくとよろしいでしょうか。
竹の繊維は真っ直ぐなため、中を空洞にすることが可能ですが、それだけでは強度が不足し、押し潰されてしまいます。 そのため、所々に節を入れて補強してある。 これが軽くて しなり のある、強靭な竹の秘密なのです。

竹集成材の表面には、この維管束の すっ と伸びた直線と、節の密な繊維の表情とが、そのまま顔を出しているのです。 しかも、表皮は硬くてツルツルしていますが、内側の繊維の手触りは適度にやわらかく、 すべすべ とした感じで、馴染みのある木材のそれとはまた別の心地よさがあります。 そのうえ木材よりも薄く、硬く、強度もある。
しかしそれよりも、端部の切断部(つまり木口)が、維管束の断面の、丸い ぽつぽつ とした緻密な表情となっているのが如何にも好対照で、自ずと手触りも異なるのでした。
それが、トレイを持つ手に触れることで、自然と二種類の手触りを得られる。 これは、竹集成材だけが授かった一種の恩恵です。

エッコ

この 機能美と手触りによる感性 は、前述の 「両端部を きゅっ と」 。 これだけで獲得しているのです。 だから、目にもうるさくなく、静かに周囲に溶け込んでくれる。 トレイに望むべき条件を さらり と満たしている。 素晴らしいアイデアではありませんか。
実のところマーリは、この 「両端部を きゅっ と」 を、1958年に試みていたのです(プトレッラ(Putrella) という製品です)。 その時の素材は、 H鋼 と呼ばれる規格の建築構造材を流用し、見事な ひねり技 を披露したのですが、それから43年後の2001年、全く異なる 日本の素材と技術 で、洗練の極みともいえる 「日本の美」 を表現してみせたのです。

最後にひとつだけ。 竹を削ったことのある方はご存知かもしれませんが、木材とはまた異なる 竹の繊維 だけが持つ、かすかな、しかし品のある 香り があるのです。
もし皆さんがエッコに出会う機会があれば、その手で持ち上げて手触りを感じるだけでなく、どうぞ、そっと顔を寄せてみて下さい。 きっと、ほのかな 竹の香り にも出会えることでしょう。