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アトリエかわしろ一級建築士事務所

Author:アトリエかわしろ一級建築士事務所
「がま口から建築物まで」
日々の生活につながっている モノづくり・住まいづくりのためのデザイン事務所です。

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02月16日(木)

スタウト スカラブ

とある海外の美術館で、1930年代にアール・デコ様式の影響を受けて製造された自動車に焦点をあてた企画展が開催されている。 そんな、興味深い内容の記事を拝見したことがあります。

この時代、欧米ではモノづくりの機械化によって効率に重きを置いた工場での大量生産がひろがる一方、工業製品に昔ながらの熟練した職人技を巧みに融合することで、芸術性の高い付加価値を与えるという、ある意味で産業革命後の文化的な成熟期に到達しており、そのようなデザインの流れを総称して アール・デコ(Art Deco) と呼んでいたのかな と、不案内ながら個人的に解釈している次第です。
ただし、一口にアール・デコといっても、有機的なデザインから幾何学的なデザインまで様々で、とりわけ自動車業界においては、塗装やメッキ処理によってきらびやかに彩られた鋼板製のボディが複雑な流線形を描く、スピード感のあるデザインを好んで取り入れる傾向にあったといえるでしょう。

記事に掲載されていた展示車両の画像を拝見するに、コンピュータによる解析は無論のこと、大掛かりな風洞実験によって導かれた有用性の高い流線形というよりも、視覚的な格好良さによってもたらされる優雅で流麗な造形美に基づいて創造された、あくまでも作品的な意味合いでの流線形のようで、アール・デコならではの豪華さや上品さに目を見張りつつも、恐ろしく手の込んだ芸術的なボディも、そこは用途が乗り物である限り、空気抵抗の効果以前に、ちょうど西洋の甲冑のような、分厚い鋼板の重さから生じる負荷ゆえの根本的な矛盾があるのでは? との疑問を抱いてしまうのも仕方のないことなのかもしれません。
ところが、いかにも クラッシック・カー然 とした重厚で彫りの深い顔立ちのコレクションが居並ぶなか、どういうわけか一台だけ、正面からみるとのっぺりと扁平顔で、横からみると意外なくらいにゅるりと間延びした、どこやら愛嬌あふれる不思議なデザインの車が紛れ込んでおりました。
ちょうど昔、マンガやアニメで人気だったゴマフアザラシの赤ちゃん、あの 「ゴマちゃん」 そっくりな風貌で。

スタウト スカラブ

流線形の自動車といえば、上質なレザーに包まれた、少々窮屈な2シーターのコクピットがいかにも似合いそうな、スポーツカーとしての血統を正しく受け継いだすこぶるレーシーな姿を想像するのに、こと スタウト スカラブ(SCARAB) の場合、もうほとんど車輪が前後にはみ出してしまいそうなくらい、たっぷりとした車室が でん と用意された、さしずめ今の日本でいうところのミニバンにも似た、6人乗りのファミリー・カー とでも形容すればよろしいでしょうか。

思うに西欧の自動車というのは、馬車の車体に(馬のかわりに)エンジンを載せたのがそもそものはじまりなのでしょうから、バランス的に車室の後方にトランクを、前方に縦長のエンジンを据え、車輪は車体の側面にはみ出してフェンダーとランニングボードで体裁を保つ というのが当時の定石に違いなく、真っ当なアール・デコ様式の車両は、どれもこれらの基本的要素をきちんと踏まえた上で芸術性の高い容姿の優劣を競っていたはずです。 それなのに、スカラブに関してはどうも、発想の根本からしてすっかり異なっているようなのです。

そこで、生みの親である ウィリアム・スタウト(William Bushnell Stout) について調べてみると、1880年、アメリカ・イリノイ州生まれのこの人物は、若い頃に新聞のコラムを執筆していたこともある発明家気質の優れた航空エンジニアとして、1918年にデルタ・ウィングを搭載した今日のステルス戦闘機に相当する軍用機を開発。 その数年後には機体にジュラルミンを採用した、世界ではじめてとなる金属製の航空機を実用化したほか、自らの設計による旅客機で1925年、アメリカ初の民間航空サービスを開拓する等、航空分野において重要な役割を果たしただけでなく、航空技術を応用して鉄道やバスのような大量輸送が求められる旅客車両の設計までを幅広く手がけ、1930年代、満を持して自ら スタウト・モーター・カー・カンパニー(Stout Motor Car Company) をデトロイトに設立、(馬車をルーツとしない)航空理論に裏付けられた次世代の乗用車 「スカラブ」 を販売するに到ったとのこと。

技術は決して嘘をつかない。 そう信じて疑わなかった(であろう)、生粋のエンジニアであるスタウトは、空中を飛行する航空機と地上を走行する自動車との空力的な特性の違いから、まず、自動車に求められる理想的な形態として、底面が平たく上面がなめらかに弧を描く 亀の甲羅 のような姿に着目し、古代エジプト時代に太陽をつかさどる神の化身としてあがめられた スカラベ(※ scarabe : 日本でいうところの フンコロガシ に相当する甲虫のこと) をモチーフに車両の開発をスタートします。
ご存知のように、甲虫類は硬い外皮を骨格として成り立っているのに対し、馬車をルーツとする自動車は底面のハシゴ状に組まれたシャーシ-を骨格としていて、上に載せられるボディは構造とは無縁の(馬車でいうところの)幌に近い存在であり、走行時の剛性や安定性を考慮すれば、前者の方がこれからの自動車としてのあるべき姿に違いなく、実は、車体の外皮全体で応力を負担する モノコック構造 こそ、まさに航空機の設計で培われた技術そのものだった というわけです。

モノコック構造を応用した自動車は、軽く、かつ強度があるために自ずと車体の重心が低くなり、安定した走行が可能となるばかりでなく、工夫次第で合理的な車室空間を得ることにもつながります。 そこで、ゆったりとした内部空間を確保するためにホイールベースを最大限にまで広げて、重くてかさ張るエンジンを運転の邪魔にならない後端下部に配置し、最短距離で後輪を駆動します。
エンジン前寄りにコンパクトに組み込まれた3速マニュアルのギアボックスは、二重構造になった薄い床下スペースを利用し、ロッドによって運転席にあるシフトレバーと接続されるため、車室内の床は完全なフラット状態となり、フェンダーもランニングボードもない、甲虫あるいは亀の甲羅にも似た、旧来の自動車らしからぬすっきりモダンな容姿を纏うことになったのは、決して奇をてらった行為などではなく、むしろ、理にかなった正常な進化であったといえるでしょう。

スタウト スカラブ

もうひとつ、スカラブの特徴を挙げるとしたら、乗り心地や操縦安定性を大きく左右するサスペンションのメカニズムでしょうか。
当時の自動車に用いられていたサスペンションは、(馬車時代より引き継がれてきた)左右の車輪を車軸で連結し、板ばねで吊られた 車軸懸架方式 が一般的であったのに対し、ウィリアム・スタウトは、現在みられるようなコイル状のばねに左右の車輪がそれぞれ独立して作動する 独立懸架方式 を、地上を走行する車両にいち早く導入します。
この恩恵によって、路面の追従性や安定性、静粛性に優れる結果となり、とりわけ高速時においては良好なハンドリングとハンモックのような快適な乗り心地がもたらされ、低くて平ら、しかも広々とした車室内に運転席以外のすべての座席が自在にレイアウト可能な居住性の高さから推察するに、ミニバンというよりもリムジンに近い、どこにでも移動可能な リビングルームのような乗り物 と評してみても、あながち的外れではないはずです。

古典的な馬車をルーツに粛々と歩みを進めてきた数多の自動車と、航空機の先進的なテクノロジーを惜しげもなく投じて彗星のごとく現れたスカラブでは、歴史上は アール・デコ という同一のカテゴリーにありながら、華やかに彩られたボディの中身は明らかに別次元のメカニズムで、それに伴うコストを反映すれば、そして、有名メーカーの流麗な容姿に身を包んだ高級乗用車が何台も購入できてしまう、恐ろしく高額な、(世間一般には)無名に等しいメーカーの、ゴマフアザラシみたいなのっぺりとした容姿の超高級車とをハカリにかければ(※ まだ 「ゴマちゃん」 のゴの字もなかった時代です)、いくら自動車王国アメリカの富裕層であっても、その隠された潜在能力をきちんと見抜くに値する確かな審美眼の持ち主はそれ程多くはなかったとみえて、スカラブは、わずか6台(9台とも伝えられています)の販売台数にとどまったのだそうです。

それでも、ウィリアム・スタウトは高い志を失うことなく、(市販化には到りませんでしたが)世界初のグラスファイバー製ボディを採用した 新型スカラブ や、まるでコンパクトカーと小型飛行機を融合したかのような スカイ・カー(Sky Car) と名づけた夢の空飛ぶ乗用車の開発に生涯かけて取り組み続けた、とことん乗り物好きな、そして、数少ない本物のエンジニアであったことだけは間違いありせん。 なぜなら、製造後80年あまりを経た現在でも5台ものスカラブが実動可能な状態で保管され、あの歴史に名を残すきらびやかなアール・デコ時代における自動車コレクションのなかで、ひと際まぶしく輝いているのですから。
 
07月16日(土)

ティコ・ラジオ

どうやら僕は、一分の隙も無い優秀なモノよりも、ちょっと出来が悪いようだけれど、つくり手の想いが伝わってきて仕方のないようなモノに惹かれる傾向にあるようです。
たとえば レクソン(LEXON) という、フランスの雑貨系の製品を手がけるブランドの 「ティコ・ラジオ(TYKHO RADIO)」 がそうで、性能といったら、オーディオメーカーや家電メーカーには到底及ばない、何とも頼りない代物だったりして… 、一体モノの本質というのは性能だけでは推し量れないところが多分にあるようで、しばし取り止めのない空想を廻らすのでありました。

ティコラジオ
「ティコ・ラジオ(TYKHO RADIO)」 w:140mm d:40mm h:80mm(アンテナを含むと h:145mm)


この、掌にちょこんと乗っかるくらいのちいさなラジオはどこか、真新しい消しゴムを ころん と横たえたような印象があります。
それは、ボディが一面シリコン・ゴムという素材で覆われているからで、おそらく生活防水の機能を得るためのアイデアから導き出されたのでありましょうが、 艶のない、のっぺりとした質感が徹底的に整理整頓されて、然るべき位置に居場所を見出した必要最小限のスイッチ類が、ややもすると気づかないくらい おしとやか に配されたがゆえに、つるつる・ぴかぴかのボディに機能満載の操作系が常識ともいえるこれまでのデザイン手法を、実に さらり と覆してみせたのですから感心しないわけにはゆきません(※ 写真では分かりにくいかもしれませんが、グレーの突起をアンテナとしてデザインし、それを回転させることで、チューナーとしての機能を付加させています)

これまでプロダクト・デザインの世界において、知らず知らずの間に縛られてきた 既成の概念 から解き放たれてはじめて獲得できたことが、少なくとも 一つ はあるように思われます。 それは 「まわりのモノたちとの関係」 です。
当たり前ながら、生活のための道具はとりわけ生活空間において、家具を含めたその他さまざまなモノたちとの関係のなかで成り立っているわけです。 それなのに、僕たちのまわりにある多くのプロダクトときたら、そのような相互の関係など端っから無視した上てデザインされているように思えてなりません。

優れたプロダクトを数多く生み出してきたイタリアですら、美術ならまだしもデザインする術を学校で教えるなんてことは、せいぜいここ数十年くらいの出来事であって、ほんの半世紀くらい前までは、建築家や職人たちが必要に迫られて、おのおのが当然のように家具や照明器具などをデザインしていました。 そうして彼らは歴史に残る、今日でも色褪せない優れた仕事を幾つも成し遂げてきたのです。
では、なぜそんなことができたのかというと、きっと 「そのモノがどのような場所で、どのように使ってほしいのか」 が、何となくみえていたからなのではないでしょうか。 それに対し、多くのプロダクト・デザイナーは、専門性を高めすぎ、あまりに最短距離を走りすぎたために 自分の製品しかみえていない のではないかと…。

その点、ティコ・ラジオをデザインした マルク・ベルチェ(Marc Berthier) は、建築家としての顔を持つ人物ですから、ついつい小手先で器用に 格好よいモノ をデザインするような過ちは犯さず、たとえ性能に多くを期待できない環境下にあったとしても、いかに最小限の機能を偽りなくカタチにし、まわりとの好ましい関係をつくり得るかを考えていたはずです。
その証拠に彼は、光沢のとぼしい、光を吸収するゴムという素材を、理屈ではない、感覚によって導かれた比類のないプロポーションでもって、 ころりん と生活空間にささやかな 余白 を切り取ってみせたのですから。
 
06月01日(水)

人類進化ベッド

理想の住まいとは、護られるような安心感と遮るもののない解放感という、相反する二つの要素を破綻なく両立させた空間 と断言してみても、存外的外れではないかもしれません。
あたかもそのような考えを、人生のおよそ三分の一を占める ねむり とは切っても切れない関係にあるベッドの開発に応用しようと試みている人たちがいて、その発案者が寝具メーカーやデザイナーではなくチンパンジーの研究者なのですから、何とも興味深いお話ではありませんか。
事の発端は、ざっとこんな感じです。 京都大学アフリカ地域研究資料センター研究員の座馬耕一郎がチンパンジーの抜け毛を採取するため、樹上につくられた彼らのベッドによじ登った折、試しに横たわってみると、真ん中がくぼんだ、楕円形のちょうど浅いお皿のようなカタチが不思議と身体に具合よく収まって、高所でありながら包み込まれるような感覚を伴った、ご本人いわく 「人生で最高のベッド」 とのこと。

そもそも400万年あまりも前までは、人間の祖先も外敵を避けるために樹上で眠っていたと考えられていて、やがて地上に降り、危険を承知で二足歩行へと移行する対価として、自由になった手で道具を扱う術を獲得した結果、人類としての目ざましい進化を遂げたわけですから、チンパンジーのベッドに身をゆだねた経験から、遥か遠いご先祖様より受け継いだDNAのなかに、ほんのけし粒ほどに残された やすらぎの記憶 が脳裏によみがえってくる可能性も十分にあり得るはずです。

チンパンジーのベッド

さながら遊牧民族のように、旬の果物を求めて移動し続けるチンパンジーの気ままなライフスタイルに相応しく、彼らの寝床は一晩っきりの新鮮さに満ち満ちた品質がすべてといってよく、やすらかな ねむり を誘うために欠くことのできないベッドづくりは、食料調達と同じくらいに毎日繰り返される生命の営みなのですから、 チンパンジー = いっぱしのベッド職人 という公式が成り立つのも分かるような気がします。
たとえ かりそめの住まい であろうとも、安全でこころやすらぐベッドのロケーションや樹種選びには細心の注意が払われ、ひとたびこの樹上こそ我が家と定まれば、自慢の長く、かつたくましい両の手が届く範囲の枝を巧みに使って、まずは編み込むようにして丈夫な下地をつくり、徐々に柔らかい枝葉を敷き詰め、お皿のようにカタチを整えるとたちまち ふかふかのベッド が出来上がり、それが、時間にしてわずか数分なのですから、動物界における 「ベッド職人」 の異名は伊達ではありません。

野生の勘と豊富な経験から過たず導き出された 「究極のベッド」 は、樹上空間で立体的に展開されるがゆえ、風や身体の動きにあわせて心地よい揺れを伴い、さながら天然の ゆりかご のような安堵感をもたらし、ややもすると身体がはみ出してしまいそうなくらいに小ぶりなベッドは、楕円形で、しかも周囲の縁が盛り上がっているために、ごろりと寝転ぶ位置によってすっぽり収まることも、ちょっと手足を投げ出す微調整も自由自在な上、あらゆる場所が枕にも(足枕にも)なるその高さ加減がまた堪えられない、最上の寝心地を約束してくれるのでありましょう。
それだけではありません。 寝苦しい夜なぞに、手元にある新鮮な小枝をぽきりと折れさえすれば、たちまち天然の芳香がほんのりとひろがり、その日にあった嫌なこともすっかり忘れ、深い深い眠りの世界へと誘うことだってまんざら夢物語ではなく、むしろ一夜限りの かりそめの宿 が、やがては土に還り、何年後かあるいは何十年後か、再び彼らの寝床となるめぐり合わせこそが夢のような儚さ、太古より自然界で連綿と繰り返される美しい営みを示唆しているかのようです。

良質な睡眠が人類の進化に寄与しているとの確信からでしょうか。 チンパンジーがつくるベッドの寝心地よさを誰よりも知るひとりの研究者の着想をきっかけに、これまで人々が培ってきた英知を投入して 「人類進化ベッド」 の開発が進められており、この度試作品を発表するに至ったとのこと。

人類進化ベッド

当然ながら、ベッドのカタチはチンパンジーに倣い楕円形ですが、サイズは人間の体格にあわせてオリジナルよりも一回り大きく設定されています。 それでも長径側でせいぜい160cm程度ですから、成人男性であれば足がはみ出してしまうくらいに心もとないサイズだよね と指摘されれば、なるほど確かにおっしゃる通りです。 ただ、これもチンパンジーのベッドと同様、周囲にめぐらされた縁が盛り上がっているために、頑是なき幼な児のように心持ち膝を曲げ横向きに身体を丸めて眠ると、実にしっくりと、さも寝言地よさそな収まり加減で、普段から慣れ親しんだ四角く平らなベッドとは異次元の世界であろうことは容易に想像がつきます。
マットレスとも敷き布団とも表現し難い楕円形のクッションを支えるのは、やはり楕円形をしたMDF製のフレームで、内側は北欧家具では椅子の座面にしばしば用いられるペーパーコードでもってトランポリン風にしっかと編み込まれ、さすがにチンパンジーのように地上5mあるいは10mというわけにはゆかず、あくまでも室内仕様ですから、床上45cmの高さで放射状に伸ばされた枝のような脚の上にふわりと持ち上げられた、どこやら日本独自の 軽(かろ)み にも通じるたたずまいからは、堅固な壁に囲まれた西欧伝来の重厚な寝具のイメージとはおよそかけ離れた、縁の下を空気が自由に行き来する、しっとりと潤った空気が肌に心地よく日本の気候風土にいかにもふさわしい、きわめて理にかなった真っ当な姿のように思えてなりません。

もうひとつ、人類進化ベッドの特徴として ゆりかご のようにゆらゆら揺れるロッキングの機能が挙げられるでしょう。
これは西欧に昔から見受けられる、ソリ状の脚を持った、前後または左右の一方向のみに揺れる規則的なリズムの動きをねらったものではなく、かつて樹上につくられたチンパンジーのベッドで研究者が経験した、心地よい ねむり をもたらす不規則な揺れを理想として考案されたものに違いなく、ちょうどその昔、東北地方あたりの農家で使われていた、竹や籐によって編み込まれた半球状のザルのような、素朴な ゆりかご の揺れに近しいと感じるのは単なる気のせいでしょうか。
けれども、遥か太古より連綿とつくり続けられてきた霊長類のベッドを基点に、幼い赤ん坊を包み込む伝統の ゆりかご を経た延長線上に人類進化ベッドが位置づけられるのであれば、きっとそれは、護られるような安心感と遮るもののない解放感とを併せ持った、理想の住まいにも通じる寝具であることだけは間違いなさそうです。